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2022/02/26

川島織物文化館 企画展『~快適な船旅と思い出を~「客船を彩る織物」』まとめ

川島織物文化館 企画展『~快適な船旅と思い出を~「客船を彩る織物」』
船旅を楽しまれたことはありますか?便利で快適に行き帰りの時間を満喫できるのが船旅の魅力です。
日本では、明治の半ばに船会社が設立され、旅客船や貨客船が就航しはじめ遠洋航路も開設されました。川島織物では二代川島甚兵衞が1886(明治19)年に欧米へ、また1900(明治33)年には従業員がパリへ出張しました。
そんな縁もあってか、1903(明治36)年には、当社製の船舶内装織物を用いた豪華客船「日光丸」が竣工し、その後も数々の船舶内装を手掛けてきました。
今回はアインシュタインも乗船したという「北野丸」の製作資料(初公開)など数多くの客船にまつわる織物の資料を展示しています。
展示情報|川島織物文化館(アーカイブ)



川島織物は日本郵船の日光丸を嚆矢に数多くの客船のインテリアに関わってきた。社史などで橿原丸型への言及が無かったので『橿原丸と出雲丸の覚書 内装編 改訂版』(とらのあなで通販中橿原丸と出雲丸の覚書 内装編 改訂版 [寝古鉢鉄工所(葉ノ瀬)] 評論・研究 - 同人誌のとらのあな成年向け通販)では天洋丸など他の船の項目で触れる程度だったが、長年客船のインテリアに携わっており本来は内装を語る上で欠かせない存在である。そんな川島織物の企業博物館である川島織物文化館で開催された客船の企画展「客船を彩る織物」のまとめがこの記事になる。

美術とインテリアの出会い―髙島屋・装飾事業のあゆみ―展

遊行七恵の日々是遊行 高島屋・船舶の室内装飾への取り組み

企画展「鉄道車両内装の歴史展」が東京ショールームにて開催中です ニュースリリース 住江織物株式会社


↑高島屋や住江織物でも客船関係の企画展が行われている。後者はパンフあり。

川島織物文化館は日本最古の企業博物館で、各地の建築や鉄道博物館の御料車展に展示した初代1号御料車の内装レプリカ(織物文化館の一階に展示)のように復元も手掛けるが防災の関係で完全に同じ物は作れないという。

豪華客船 日光丸 を飾った綴織「嵐山三船祭」 二代川島甚兵衞のモノづくり|KAWASHIMA Stories

この企画展は開催当初から気になって展示客船の一覧について問い合わせまでしたものの遠方かつコロナ禍の状況でどの程度の規模か見当がつかず二の足を踏んでいて半ば諦めていた。しかし後に公開された記事を読んでいてもたってもいられず予定を強引にねじ空けて展示最終日に駆け込んだ次第。

展示一覧
日光丸
天洋丸
地洋丸
春洋丸
北野丸・熱田丸
伏見丸
さかき丸
榛名丸
浅間丸
氷川丸
照国丸
むらさき丸
にっぽん丸
『波風』
なお会期の途中で展示の入れ替えを行ったため問い合わせで確認したうち新田丸、八幡丸、二代目ぶらじる丸は展示されていなかった。

そして展示は本当に素晴らしく言った甲斐があったと断言できる。客船の内装が具体的にどのようなものだったか語る書籍は少ないが、そうした現状において川島織物が所有する試し織や下絵、指示書に見本帳、さらに三菱長崎造船所の写真を組み合わせて客船の内装がどんなものだったか浮かび上がる貴重な内容で客船好きにとって垂涎の内容。展示スペースは郵船博物館の企画展を一回り大きくしたぐらいの規模だが濃縮された内容で大満足だった。その充実さ故に時間が足らず、もっと早くに訪れていれば、せめてもう一日あればと悔やむばかり。

試し織の数々はモノクロ写真ではわからない色彩や質感が伝わる重要な資料で圧倒させられた。断機の逸話が伝わる日光丸の綴織を始め天洋丸のあけぼの織や伏見丸の椅子張地など見事なものばかり。また、浅間丸の「桃園天平美人」は日本郵船歴史博物館の企画展でも対面したがこちらでは他の資料と合わせてより充実している。
そして織物以外の資料も情報が詰まった貴重な物ばかり揃っている。鳥の向きが違う春洋丸の下絵と青焼きは変遷の過程がうかがえるし塗りが途中な天洋丸の「カラースキム」もいかにも製作途中といった趣。特に注目すべきは北野丸・熱田丸の初公開資料一式だろう。内装デザインの流れがここまで克明に読み取れる製作資料は非常に珍しく、生の声が伝わる指示や織物の切り出し方など他では見ない内容ばかりで目を瞠らせる。

こうした展示自体は非常に素晴らしかったが、図録やチラシが無いことが数少ない残念な点だった。地洋丸など過去の企画展で展示されたものは図録に収録されているが、今回初展示の物がかなりを占めており確認することは難しい。模写が非常に困難な模様は無論のこと図面も相当な情報量があるのでメモだけではやはり限界がある。ちょうどコロナが流行し始めた時期に重なったため大々的な宣伝もされず多くの人の目に触れなかったのは残念極まりない。
次の客船がテーマの企画展に期待したいところだが、同じテーマの企画展は連続ではそうそう無いのは承知しているので他博物館への貸し出しなどでお目にかかれることを願うばかり。

この企画展から一年経ったが詳細なまとめは見当たらなかったので自分でまとめてみた。正確には一年以上うだうだしていただけだが。その間に他の企画展や社史などできるだけ読み漁ってみたものの織物自体の知識が薄いため全然読み取れていない恐れは十二分以上にある。
また、D23エキスポジャパンの特別展示(D23 Expo Japan 2015企画展『東京ディズニーリゾート特別展示』 - 寝古鉢鉄工所)では必死こいて模写したが今回は完全に自分の手に負えないので模写は諦めた。絵の練習をしておけばよかったと後悔し通しだが毎回繰り返している気がする。
しかもこれだけの分量を費やしても展示の良さが全く伝わらず頭を抱えざるを得ない。「何が展示されたか」だけでも残せたはずだが、展示の肝である色彩や質感などはどうあがいても伝えられない。せめて図録があれば…。

注意
資料名や作者、キャプションは展示から書き写した。また、各船冒頭の引用は展示のキャプションから船自体の紹介を省略した物。
掲載する図版で特記や出典が無い物は全て筆者所蔵。
写真や絵葉書の赤丸は展示を示す。水色は参考。
資料番号は展示の経路順に付けたので船の新旧は前後する場合がある。
展示配置図の太枠は展示品で細枠は写真や雑誌、模型など参考資料を意味する。
配置図に描かれる展示品の大きさは現物をそのまま反映しているものではないのであくまで参考程度に捉えて欲しい。


展示
展示経路
↑全体の配置図。
A:日光丸 (1903年)

絵葉書日光丸文字
↑絵葉書 日光丸
A日光丸

川島織物が初めて内装を手掛けた客船。熱帯の豪州航路に就航するためサーモタンク式の冷房を導入するなど旅客設備に力を入れていた。
『建築雑誌』243号の二代目常陸丸の紹介の前説で保岡勝也が「最近某新紙の記事」(詳細不明)から奥山恒五郎の仕事の評価として日光丸の評判を引用しているので孫引きしてみる。昔の新聞記事は大げさな表現や伝聞が多いので本当にこの通りの評価を得ていたか定かではないが、川島織物の織物のような「日本特有の美術」を売りにしていることは読み取れるので参考になる。

世界の造船界では昨今に到つて「小型ながら美船国」と云ふ名稱を日本に負はしむる事となつた。其の理由は一昨年三菱で出来た郵船會社の濠州航路船日光丸が其外部工事の完全にして船體各部の調和を得たる世界の汽船と並列して決して恥しからぬ格好を備へて居るのみならず其談話室、食堂の華麗に至つては人力を盡して居ると云つても宜いので日本特有の美術を活用して善美を極めて居る其外近時の建造としては安藝丸、丹後丸何れも日本特色の技術を談話室及食堂に施して安藝丸は米国に、丹後丸は欧州に、日光丸は濠州に航海して到る所各国の船主をして其の美なるに驚嘆せしめ美船国の名を擅にして居る云々。
「巻末附図説明」『建築雑誌』243号 



1,日光丸一等談話室 綴織壁画パネル「嵐山三舟祭」(三景の内三) 作者:神坂雪佳
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豪華客船 日光丸 を飾った綴織「嵐山三船祭」 二代川島甚兵衞のモノづくり|KAWASHIMA Storiesより日光丸の綴織。

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↑同上より一等談話室写真

デッキプラン日光丸船橋デッキ前部拡大文字赤丸
↑『HANDBOOK OF INFORMATION』(1924)より日光丸デッキプラン船橋デッキ前部拡大。後部側の食堂との境目に設置されたようだ。

出来に納得せず後日改めて納品した経緯があり展示される織物は織り直し前の物。これに関して『豪華客船インテリア画集』の解説「船舶装飾と二代川島甚兵衛」などで紹介される有名な逸話がある。

2,日光丸一等談話室 綴織窓掛地試織「網代桐竹模様」

B:地洋丸(1908年)
絵葉書横浜桟橋文字
↑絵葉書 横浜桟橋 天洋丸型

B地洋丸

天洋丸と同じくアールヌーヴォー様式として日本で設計されました。ロッジの壁画に装飾された綴織は「五穀豊穣」をテーマにし、その絵画的表現は輪郭線を生かし様式の統一感を出しています。



当時最大の日本船で初の重油炊き、タービンなど画期的な要素を兼ね備える東洋汽船のフラッグシップ、天洋丸型の二番船。公室の造形はアルダム・ヒートン社から輸入し、カーテンや椅子張地などを川島織物が担当した。
今回展示された天洋丸と地洋丸の織物やカラースキーム、参考写真の一部は名都美術館『美の体現・技の系譜 川島織物文化館コレクション展』などの図録や『豪華客船インテリア画集』に収録されているので参照。

3,地洋丸 紋織窓掛地試織「几帳風唐草模様」

4,地洋丸 一等喫煙室前壁中央部 刺繍壁面パネル小下絵「川沿いの桜並木」(仮称) 作者:澤部瑞渓(清五郎)
天洋丸パンフレット (22)壁画2文字赤丸
↑パンフレット『SHINYO MARU,CHIYO MARU and TENYO MARU』より地洋丸一等喫煙室。このパンフレットでは一貫して「地洋丸・天洋丸」表記だが展示が正しいとすると地洋丸ということになる。
澤部清五郎は後に浅間丸などにも関わる。

5,地洋丸一等ロッジ 紋織椅子張地試織「花菱」
天洋丸パンフレット (18)椅子3文字赤丸
↑パンフレット同上より地洋丸一等社交室。

6,地洋丸一等食堂ドーム前壁 綴織壁面パネル織下絵「源義家」
紫式部のパネル織と共に春と秋、武将と女性という具合でドームの前後で対になるように描かれた。日本郵船歴史博物館『洋上のインテリア』と名都美術館『美しき飛翔 川島織物 技入神展』の図録にはセットの紫式部と共にカラーで掲載されている。

C:天洋丸(1908年)
絵葉書天洋丸文字
↑絵葉書 天洋丸

船内はイギリス製で最新の流行を取り入れたアールヌーヴォーに日本文化をふんだんに取り入れた装飾が施され、一等客室壁面の「あけぼの織」は見る者を魅了します。



地洋丸の姉妹船、というよりこちらが一番船。
内装を監修した建築家の塚本靖は「最も美術的にして欲しい」と依頼してきた東洋汽船の浅野総一郎に対して「最も美術的なものは万人向けでは無い。万人にわかる俗受けのものでなければならない」と言って「結局多数の船客にも判るような万人向けのもの」にしたと後年語っている。(塚本靖「船内装飾の要諦」『帝国工芸』1929年11月号)

天洋丸の内装については『豪華客船インテリア画集』などが「全てイギリスのアルダム・ヒートン社による」とする一方『世界の艦船』の連載「日本造船業の青春時代」では当事者の書いた記事などから「国内主体では」と疑問を呈するように分かれているが、部屋そのものの造形や家具は輸入して織物など「和風の装飾」は国内で調達したものを文章の表現で解釈の違いが発生しているのでは…という考察を橿原丸本で行っているので参照。

6,天洋丸ロッジ後壁中央部 綴織壁面パネル織下絵「鳴子」
デッキプラン (天洋丸)ラウンジ文字丸
↑天洋丸デッキプランよりAデッキ前部拡大。

鳴子が立ち雀が戯れる田園風景を描いた綴れ織り。『美の体現、技の系譜』では「秋之野案山子」とされる。

8,天洋丸ロッジ後壁中央部 綴織壁面パネル織「鳴子」

9,天洋丸ロッジ後壁中央部 紋織椅子張地試織「網代捩菊」
「網代捩菊」の試し織と原画は『美の体現、技の系譜』に掲載。

10,天洋丸ロッジ後壁中央部 紋織椅子張地原画「網代捩菊」


11,天洋丸客室左舷部後室 紋織椅子張地試織「朽木地組紐菊模様」
デッキプラン (天洋丸)読書室文字
↑同上デッキプランよりBデッキ前部拡大。読書室(左)とドローウィング室(右)。
天洋丸パンフレット (17)ライブラリー13下文字丸
↑パンフレット同上よりドローウィング室から読書室を望む。手前の左は展示のあけぼの織と同じ柄に、右は違う柄に見える。

12,天洋丸客室左舷部後室 紋織壁張地試織(あけぼの織)「桐」
exh_20200618_003 - あけぼの織
展示情報|川島織物文化館(アーカイブ)より。

今回の展示で最も惹かれた織物がこれ。下から上に薄くなるグラデーションが実に見事。『美の体現、技の系譜』に掲載。

13,14,天洋丸客室及び閲覧室外面側壁「カラースキム」(1/12)
exh_20200618_003 - カラースキム
展示情報|川島織物文化館(アーカイブ)より。

天洋丸パンフレット (16)ライブラリー13文字丸a
↑同上パンフレットより読書室。上記デッキプランによると左舷側を写している。「カラースキム」はこの公室の展開図で、椅子の張地は前述の「朽木地組紐菊模様」。

図面が上下に2枚展示されている。
上:閲覧室
下:側壁、閲覧室、後壁。
それぞれの各区分(部屋単位ではなくさらに分かれている)で淡く色分けされている。『豪華客船インテリア画集』や横浜みなと博物館『豪華客船インテリア画展』の壁立面図と同じような色合いだが、下は色付けが途中のまま。文化館の方は「トレースのような線の引き方」と指摘する。
パンフレットの写真では出入り口の織物は暖簾のように固定されているように見えたがこの図面によるとレールに取り付けられる金具にぶら下がっていることからカーテンとわかる。

D:熱田丸・北野丸(1909年)
絵葉書熱田丸文字
↑絵葉書 熱田丸

D北野丸・熱田丸
↑右端の縦長はどのように織り出すか示すレプリカ。

船内の客室及び社交室の壁面には当社製の紋織物「武蔵野」が装飾され、快適な船旅を演出しました。



日露戦争後に建造された欧州航路の賀茂丸型の5,6番線。内装そのものは共通しているがステンドグラスなどそれぞれの船名元の神社に因んだ装飾で違いが演出されている。本展示の表記も一貫して熱田丸・北野丸を示す「197・198番船」の併記なので共通化していた?

サイトでも謳うようにこの企画展一番の目玉はこれらになるだろう。織物の切り抜き方など織物業者特有の資料のみならず具体的な修正個所を提示する指示書など内装の製作過程の行程をそれなりに追える資料群はめったに無い。『橿原丸と出雲丸の覚書 内装編』に掲載した中村順平の橿原丸一等社交室の図面にはステージ周りの修正指示があったが容易に見られる物はそれぐらいか。
長崎造船所で内装を担当していた奥山恒五郎による紹介記事から今回展示された公室の様子がわかる部分と川島織物への言及箇所を以下に引用する。ここで触れられる「秋草模様」は今回展示される織物「武蔵野」を指していると思われる。

逍遥甲板前方に在り、食堂のドームを挟みて両舷部に二分せられ、右は客室、左は談話室となれり、装飾の手法寮室とも些かの変化をみず。腰羽目、自在戸、取付書籍戸棚、取付戸棚、円卓、及小椅子はホワイトビーチを用ひ、上部羽目廻り及天井は純白なる艶消しペンキ塗りにして適時金線を施せり、迫持形内部羽目には落ち着きたる青藍淡色の地に半ば硬化したる秋草模様を用ひ、花は濃艶ならずして然かも華麗なる諸種の色を遺憾なく巧みに配したり、又霞には金を用ひ薄にも亦同色のものを混じたり、而して前壁に於ける主眼部の羽目には他の羽目に見ざる草花をば談話室に、三匹の蝶をば客室に各刺繍を以て現したり。
(中略)
取付椅子及小椅子は張るに緑色地に同淡色なる杢に菊花模様あるものを以てし花には所々蝦茶色を混じたり
(中略)
以上四室共卓子張窓掛及羽目に用ひたる織物は総て京都の製品なり。
「日本郵船株式会社 熱田丸諸公室装飾概要」『建築世界』1909年6月270号



デッキプラン熱田丸Vデッキ前部拡大文字
↑『HANDBOOK OF INFORMATION』(1924)より熱田丸デッキプラン前部拡大。上(左舷側):社交室、下(右舷側):ドローウィング室。「武蔵野」は船首側に設置。

15,熱田丸・北野丸客室及び社交室 青焼き「武蔵野図案に対する希望」

織物の図案は大体にすべてすこぶる結構なり。
ただ、諸々につき修整を仰ぐ。
(イ)菊花模様は今少し力を弱めて軽く(※修正あり)見ゆる様にする
(ロ)織物中央部に若き(※判読不可)を傾き過ぎなので釣り合わす
(ハ)模様の丈は模様が無い部分より伸ばし 尺三寸五分となす事
(ニ)寮室の主眼部に(※判読不可)(甲の中)に上三項の外向中央部に桔梗の「アシラヒ」かつ刺繍を入れ、他に何か趣向を入れ加える事とする。ただしその趣向は客室の分(甲の中)と社交室の分(甲 中裏)と同一ならざる物を可とする。



社交室に飾られた「武蔵野」に関する指示書。模様の寸法など具体的に修正を指示している。

16,熱田丸・北野丸客室及び社交室 青焼き「平面略図」1/12
exh_20200618_003 - 青焼き
展示情報|川島織物文化館(アーカイブ)より。

exh_20200618_001.jpg
展示情報|川島織物文化館(アーカイブ)より青焼きの一部分。画像の範囲はドローウィング室の半分。

後述の「織物羽目割り当て略図及織物所要枚数表」と対応してどこにどの織物を配置するか指示する客室と社交室の図面。あちこちに赤いしるしや訂正、文章が書かれている。中央には「他の羽目よりは目立ち賑やかに見える趣向を当たれ」とあり、「小動物」に訂正線が引かれている文章もあるが草花以外の模様も考えられていた?

17、熱田丸・北野丸客室及び社交室 青焼き「織物羽目割り当て略図及織物所要枚数表」

織物を織る際の指示書。一反の長い織物を2枚織り、そこから各所で使う部分をクッキーの形抜きみたいな要領で切り抜くという。それぞれに甲乙丙丁己庚辛壬癸…と番号が振られており全部で46枚を切り出す。展示でも長い模造品が展示されたが本業でも使うプリンターで印刷したとの事。

参考品レプリカ
↑指示書の図の拡大。一反を二列織り、上から甲乙丙…の順番になってはいない。これを示したのが展示右端の参考レプリカ。

18、熱田丸・北野丸客室及び社交室「両室の主眼部における甲の中なる羽目だけに対する注意」
うっすらと図柄が描かれた線図。「中央部少しさびしく感ずる故面白い桔梗「アシラヒ」その他刺繍に趣向を加フル事」など書き込まれている。

19、熱田丸・北野丸客室及び社交室「織物羽目原形図」
19丙
↑大体こんな感じ。

「丙の左」「丙の中」「丙の右」の三枚で台形を構成する。中央の「丙の中」には表2枚裏1枚を配置するようだ。

20、熱田丸・北野丸客室及び社交室 紋織壁張原画「武蔵野」

21、熱田丸・北野丸客室及び社交室 試織「武蔵野」
P1010617補正トリミング
【休館中_4月30日迄(予定)】〈企画展〉 ―快適な船旅と思い出を― 「客船を彩る織物」 beyond2020プログラム認証事業(京都文化力プロジェクト認証事業) 京都文化力プロジェクト 2016-2020より「武蔵野」

E:春洋丸
春洋丸文字
↑絵葉書 春洋丸

椅子張りや壁張など随所に当社の織物がありますが、中でも特に目を引くのは日本画家の猪飼嘯谷(1889-1939)が原画を手掛けた織物パネルです。彼が学んだ谷口香嶠(1864-1915)も川島織物の仕事に携わり、その縁がうかがえます。



天洋丸型の三番船。姉妹船の天洋丸と地洋丸と違い日露戦争後の不景気時に建造されたことから始めから石炭炊きで竣工するなど相違点は多いが、内装も「公室の装飾なども質素で」「前の2船に比べてだいぶ節約の跡が見られた」(山高五郎『図説日の丸船隊史話』)という。先掲の天洋丸型パンフレットで見比べてみると同じ一等社交室でも少々シンプルになっていることが分かる。

『建築雑誌』297号の叢録雑記「春洋丸を観る」で内装見学の感想が述べられているが、「天子、地子の二姉に比べると妹の春子の容色は劣る、と云ふのが誰一般の叫ひで有つた様である」と中々手厳しい評価。ただ、辛評ばかりではなく木工や仕上げの精度に高評価を与えるところは建築畑ならではと言える。
日光丸の記事と同様にあくまでリアルタイムの感想の一つとして主に川島織物が担当した織物周りを以下に抜粋する。

椅子張り窓かけ等の切地は例に依り悉く本邦特産の西陣織を用いたのは外人の気受けには大によいようである。又切地の図案に大に意を用いたのも悦ばしい。惜しいことには、元来日本の切地は反物で見ると調子がよいやうでも室内装飾の目的に用いるときには余り満足なエフェックトを発揮しない場合が多い。例へば客室椅子張りの地の如き、作者は思ひ切つて現代的の派手な意匠を応用せられた譯であろうが、帯地としては兎も角、室内装飾としては甚だ見ばへのせぬ代物であった。日本の切地は服装的には発達したが室内装飾の苦しき経験は褒めて居らぬ、大に研究しなければならぬところであると思ふ。
(中略)
一般に仕事殊に木工事並に仕上げの程度は確かに陸上の建築界の技量の敷等の上に在るを示して居る。陸上に於てはいかなる工場に於ても海上の此大建築の受負者三菱造船所と此點に肩を並べるものはなからう。換言すれば建築界は造船界に比して技術の程度は遥かに劣つて居ると云はねばならぬ。
「春洋丸を観る」『建築雑誌』297号



22、春洋丸客室前壁の一部 綴織壁面パネル原画「孔雀牡丹」

参考写真とパンフレットを照らし合わせると吹き抜けに面した公室ということで大階段とドローウィング室のどちらかと思われるが断言できない。

23、春洋丸客室前壁の一部 青焼き1/12
鳥の向きなど絵の一部が写真や試し織と違う図面。文章もかなりの量があったが読み取れず。

24、春洋丸客室前壁の一部 紋織椅子張試織「小葵地に桐の花葉文様」

25、春洋丸階段室大階段 立面図 1/12 「aurg.10,1910」作画
デッキプラン (天洋丸)階段拡大
↑天洋丸デッキプランよりCデッキ前部拡大。大階段は右の一等食堂への入り口になる。右の天井に先述の「源義家」が掲げられる。

後壁中央に絵画が掲げられる階段の図面。ブロンドの手すりなどの指示が読める。
『豪華客船インテリア画集』に同じ物が掲載され、解説で「壁装飾画のタペストリーの製作は川島甚兵衛の可能性あり」とされている。

F:伏見丸
創立萬三十年伏見丸文字
↑『日本郵船株式会社 創立満三十年記念帖』より伏見丸。

F伏見丸Gさかき丸

客室の装飾は長崎の設計による桃山風の豪華な物でした。船内の階段壁面中央には桐板地に油絵具で日本画風に描いた伏見稲荷の「牛の日詣で」が当社の専属絵師だった澤部清五郎により描かれています。



伏見丸階段室文字
↑『日本郵船株式会社 創立満三十年記念帖』より階段室。上階に「牛の日詣で」が見える。

第一次世界大戦の緒戦に竣工した欧州航路船の諏訪丸型の三番船。それぞれの内装は諏訪丸はイギリス、八坂丸はドイツからの輸入に対して伏見丸は国内製で、長崎造船所の奥山恒五郎が『建築工芸叢誌』第二期11号1915年4月号「欧州航路汽船 伏見丸公室の装飾」で詳細な解説を行っている。同記事によるとカーテンや椅子の張地、「牛の日詣で」以外に一等食堂の衝立の焼き絵(「松濤氏の製作」)や一等社交室の本棚のガラス戸内部に垂らす「白茶色の薄絹」なども川島織物の製品とされる。
なお、キャプションで触れる「牛の日詣で」の原画は今回展示されていないものの未修復の状態で現存しているとのこと。

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↑八坂丸のカーペット。竣工後数年で撃沈され資料が少ないので様子が分かる貴重な資料。

ちなみに住江織物のスミノエショールームで開催された「鉄道車両内装の歴史展」(企画展「鉄道車両内装の歴史展」が東京ショールームにて開催中です ニュースリリース 住江織物株式会社)で姉妹船の八坂丸のカーペットが展示されたが、天洋丸などと同じように造形はドイツで織物は国内ということだろうか?

デッキプラン 伏見丸Aデッキ前部拡大文字丸
↑伏見丸デッキプランAデッキ前部拡大。左が階段室の「牛の日詣で」、右が一等社交室の椅子。

26、伏見丸一等社交室 紋織椅子張地試織「籬に菊桐紋様」
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展示情報|川島織物文化館(アーカイブ)より。

伏見丸談話室文字
↑『日本郵船株式会社 創立満三十年記念帖』より伏見丸一等社交室。

G:さかき丸(1913)
Hむらさき丸I箱根丸

商船として相応しく華やかな装飾織物が用いられています。



日露戦争後に建造された義勇艦隊の一隻。仮装巡洋艦として用いる戦時を意識しすぎたあまり商船としては使いづらく短命に終わった姉妹船の櫻丸とうめが香丸に対してさかき丸はほぼ商船構造で建造された。しかし前者二隻も客船としての側面がおろそかにされたわけでは無く、櫻丸は三菱地所の保岡勝也と本野精吾(後に橘丸や出雲丸に関わる)が、うめが香丸は長崎の奥山恒五郎がインテリアに関わっており両者とも雑誌で紹介されている。

27、さかき丸 紋織窓掛け地試織
展示情報|川島織物文化館(アーカイブ)より。奥の二枚の手前側がカーテン、奥側が椅子。

参考写真によると特別室に使われたようだ。

28、さかき丸 紋織椅子張地試織「菊の花葉文様」

29、さかき丸 正絵(原画)「菊の花葉文様」

H:むらさき丸(1960年)

船内装飾は綴織パネルを始めカーテンや壁張、椅子張地など多くの織物は当社製です。特に一等船室ラウンジを飾る綴れ織りパネルは船名にちなみ能楽「杜盛」から採用したもので、原画は澤部清五郎でした。



第二次世界大戦後の別府航路に就航した小型船。姉妹船のくれない丸は横浜のレストランシップ、ロイヤルウイングとして今なお現役。外航船ばかりではなくこうした内航船にも関わっていることは川島織物の手広さを物語っている。

30、むらさき丸 パンフレット
展示品ではなく参考資料だがメモする際に番号を振り間違えてしまったのでそのままにしている。

31、むらさき丸一等客室ロッジ 綴れ織壁面装飾試し織「杜若」

32、むらさき丸 紋様カーテン地試し織「藤袴」

I:榛名丸(1922年)
絵葉書箱根丸文字
↑絵葉書 箱根丸 榛名丸の姉妹船。

全て国産内装にこだわり建造された船で、従来の英国製に劣らないと評判を得ました。



第一次世界大戦後に戦争で喪失した客船の補充として就航した箱根丸型の一隻。前の諏訪丸型などと同程度の規模だがタービンを装備している。

33、榛名丸一等ラウンジ 紋織壁張地試織
デッキプラン榛名丸Aデッキ前部拡大文字丸
↑『HANDBOOK OF INFORMATION』(1924)より箱根丸型デッキプランAデッキ前部拡大。家具の配置からすると赤丸と思われるが暖炉があるようには見えない。

デッキプラン榛名丸ボートデッキ後部拡大文字丸
↑同上ボートデッキ後部拡大。こちらの方が暖炉のように見える。

参考写真によれば暖炉脇の壁面に使われているがデッキプランによると喫煙室のようにも思える。

J:照国丸(1930年)
絵葉書照国丸文字
↑絵葉書 照国丸

船内の装飾は洋風ながらも日本風のインテリアが多用され外国人にも好評でした。



J照国丸K龍田丸

欧州航路船の船質改善のため登場したディーゼル船。後に橿原丸で一等社交室を担当した中村順平が初めて参加(担当:一等ベランダ)した郵船の客船で、一等ベランダの漆のパネルを制作した松田権六が漆を採用させた経緯を『うるしの話』に書いている。

34、照国丸一等寝室 紋様カーテン地試織「赤地菊立勇」

35、照国丸一等寝室 紋織試織「ヒヤシンス紋様」
試し織の断片を集めた『試織地帖』に収録の一枚。

K:龍田丸(1930年)
絵葉書龍田丸文字
↑絵葉書 龍田丸

浅間丸の姉妹船。浅間丸の内装の製造元であるウェアリング&ギロー社の設計図を基に日本側で仕上げた。

36、龍田丸紋様カーテン地試織「チューリップ」
35と同じ要領で綴られた『装飾織物見本帳』から6枚を展示。

L:氷川丸(1930年)
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↑横浜で保存中の氷川丸。

L氷川丸

当社が担当したのは一等特別室です。この客室は寝室、居室、浴室で構成され、寝室と居室の内装織物を担当しました。



唯一現存する戦前の客船である氷川丸はこの展示で「客船の内装」としての姿を見られるただ一つの実例でもある。
アールデコが施された各一等公室はマルク・シモン社によるもので特別室を川島織物が手掛けた。

37、氷川丸一等特別室 紋織壁張地試織「バラ模様」×3
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↑一等特別室寝室。壁の張り地に使われている。

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↑拡大

龍田丸と同様に見本帳に収録されているが、同一模様で色違いの黄褐色、緑地と現行を含め三種類がある。
文化館の方は特注の一品ものでは無く既製品の可能性を指摘している。
郵船博物館『まるごと氷川丸展』に掲載。

38、同上×2

M:浅間丸(1929年)
絵葉書浅間丸文字
↑絵葉書 浅間丸

M浅間丸

いわずと知れた北太平洋航路の優秀船。天洋丸の後継船として鳴り物入りで登場した。一等公室はウェアリング&ギロー社から全面的に輸入した一方で特別室は川島織物と高島屋が請け負い、川島織物は右舷側を担当した。
郵船博物館『就航90周年記念 客船浅間丸』などに本展示の展示品が収録されているので参照。

浅間丸絵葉書一等特別室居間文字
↑絵葉書 浅間丸一等特別室居室。右上が「桃園天平美人」、左下が「延寿草紋」。

39、浅間丸一等特別室居室(右舷)綴織壁面パネル原画「桃園天平美人」澤部清五郎

40、浅間丸一等特別室居室(右舷)綴織壁面パネル試織「桃園天平美人」
横浜みなと博物館『豪華客船インテリア画展』の飛鳥Ⅱのような現代風にカーテンなど5つの断片が集められたもの。

41、浅間丸一等特別室居室(右舷)綴織壁面パネル下絵部分「桃園天平美人」

浅間丸絵葉書一等特別室寝室文字
↑絵葉書 浅間丸一等特別室 寝室。展示されたカーテンは画面外に設置された。青丸の「人物及花鳥動物文」も澤部清五郎によるもので郵船博物館『客船浅間丸』に展示されたがメモによると今回の展示では見当たらなかった模様。見逃した、もしくはメモしそびれた可能性も?

42、浅間丸一等特別室寝室(右舷)紋様カーテン地試織「鳳凰獅子」(仮称)

42、浅間丸船内装飾構想画×4
カラースキームが4枚展示。
左上:居室
左下:寝室
右上:食堂
右下:読書室、ギャラリー

食堂はガラス張り天井に小型のシャンデリアが下がり赤味がかった柱が目立つ。サイズ感は何となく氷川丸型っぽい気もするが全く断言できない。

公室のカラースキームがあることがすなわち川島織物が公室全体を担当したと直結できないとは先掲の天洋丸などの通りだが、文化館の方によると川島織物は明治の頃からトータルコーティングしてきたのでその可能性も捨てきれないとのことだった。
浅間丸の一等公室はイギリスのウェアリング&ギロー社によるものだが日英仏独の各国案を検討し丸の内の郵船本社ビルで陳列して比較した(川原五郎「本邦船内装飾」『帝国工芸』1929年11月号) 。日本側からも中村順平や和田三造が参加した(なお和田曰く「中村順平氏の作られた入口の構図の方が遥かに傑出していた」(和田三造「浅間丸船内装飾に対する委曲」同左)とのこと)ようにハナから輸入と決まっていたわけではないので、もしかしすると川島織物もその一員でこれらのカラースキームも川島織物の案だったかもしれない。

44、浅間丸「延寿草紋」紋織椅子張地試織
特別室居室の椅子。

N:波風

客船では無いのですが、船内にはファーストクラスの社交室が備えられていたことが美しい図面からわかります。この社交室は船番より三菱長崎造船所で波風用として建造したと思われます。



N波風Oにっぽん丸

文化館の方によると「波風」と書かれたメモとまとめてくるまれていたことと図面に書かれた造船番号の「360番」から「長崎造船所の360番船である駆逐艦波風」と推定したとのこと。しかし駆逐艦、それも第一次世界大戦後の小型艦に客船並みの内装を整えたとはまず考えられず一見しても本当に波風か疑問が浮かぶ。

ざっと調べても波風が客船並みの内装を整えていたとの記述は無く、駆逐艦に造詣が深い知り合いのじゃむ猫さん(ツイッター:@jamnekodd サイト:東江戸川工廠)に尋ねても「波風の可能性は全くもってゼロ。駆逐艦で内装に気を付ける場合はお召艦ぐらいだが峰風型では波風ではなく灘風」とのこと。
図面を見てもピアノや一等階段などの設備はあきらかに客船で、船内の表記も軍艦では士官室"Ward Room"や士官次室"Gun Room"などが用いられるが”First Class”などこれまた客船の表記なので別の船ではないかと思われる。
そこで「360番」は長崎造船所以外の造船番号ではないかと考え、長崎の次に客船を建造しそうな川崎造船所にあたりを付けて『川崎重工業株式会社社史 年表・諸表』を調べてみたところ360番船はさかき丸ということでみごとビンゴ。今回の展示にもさかき丸の試し織が展示されたように川島織物はさかき丸に関与しており、天洋丸や北野丸のように川島織物が関わった客船の図面があるというのは十分ありえる。
しかしながら姉妹船の櫻丸は『建築雑誌』264号に、うめが香丸は『建築世界』1909年10月号に詳細な解説がある(後者は複数号に渡り写真を掲載)一方でさかき丸の記事は現状把握している限りでは進水式や処女航海の特報ぐらい、図面も『日本近世造船史』に掲載される機関の物しか見たことが無いのであくまで造船番号などを主にした推測になる。

文化館にも記録は完璧な状態で残っているわけでは無く大抵の場合現物が単体で添付されるメモ類も不完全なので一つ一つを写真と見比べて特定するとのこと。なのでこうしたこともあるのだろう。

45、波風一等社交室(談話室)図面No.360 First Class Social Hall 1/12
階段、テーブル、エントランス、ピアノ、本棚、スチームヒーター、電燈など明らかに客船の内装を表した展開図。
それにしても昔の図面はまるで絵のようで見ていて楽しいものがある。

O:ふじ丸(1989年)

当社の納入品は多く、大劇場の綴織緞通「富士」もその一つです。



むらさき丸と同様に今回の展示では数少ない戦後の客船。明治時代から平成のクルーズ時代の走りまで関わってきた川島織物の歴史の長さを示している。

46、ふじ丸スイートルーム 紋織椅子張地試織「KG-9767アキレスⅠ」

47、ふじ丸プライベートルーム 紋織カーテン地試織「KA-8591エレメントBR」

48、ふじ丸プライベートルーム椅子張地試織「KG-9848アイリッシュBE」

49、ふじ丸メインホール 紋織カーテン地試織「KA-8589コンテB」
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2021/09/04

コロンビアと客船メニュー ‐ 歴史を用いたパークの遊び


4月にコミケやツイッターでお世話になっているヤエス・サウス・ポーターズの皆さん(Shikazuさん@SiKazuYSP、 Recraさん@recrea1140、Asayanさん@asta0102)とアクセルさん@Axel_1864とシーにインしたのでそのまとめ。

これまでのインはほとんど一人だったのでその場で喧々囂々する相手がいるというのはまた違った楽しみがある。それに気づかされてありがたいお誘いだった。
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↑閉鎖中のノーチラスギフトはグッズが無いおかげで本来の修理工場の雰囲気が濃厚にただよう。

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↑普段ダッフィーに埋め尽くされるケープコッドだってご覧の通り。モニュメントにとって代わられがちな大砲も堂々鎮座していた。

余談だがコロナ禍の4月現在ではイベント無し、アトモス無し、ショーも激減という状態だったが、イベントが無いということは装飾も無いということでプレーンなパークを堪能できたのも幸いだった。災い転じて福となす、シーそのものを存分に味わうチャンスじゃないのか?

で、ここからが本題。
せっかくコロンビアのダイニングに行くということで当時の客船のメニューをコピーした物を持参してみた。これが予想以上の効果を発揮し我ながらナイスアイディア。雰囲気演出はもちろんのことコロナ対策でメニュー自体が廃止になっておりちょうど良いタイミングでもあった。


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↑現地で皆さんにお渡し。撮影:Recreaさん


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↑テーブル上に置くとまた雰囲気が出る。撮影:Sikazuさん

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↑シーフードマリネとアキタニア。まるで氷川丸や郵船博物館の展示の気分。

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↑ローストビーフと浅間丸。もう少し片づけて撮ればよかった…。


持ち込んだメニュー

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・ベレンガリア1933年6月18日
・オイローパ1938年5月21日
・浅間丸1932年6月20日
・アキタニア1921年6月21日
・「コロンビア」同上

さすがに第一次世界大戦前のメニューは持ち合わせがほとんど無いため比較的近い年代の北大西洋航路を中心に取り揃えた。
A4サイズの用紙を使った関係でベレンガリアとオイローパは縮小した。普通のコピー用紙ではなく現物と手触りが近い用紙を使うとそれっぽさが増す。
浅間丸は太平洋航路だが参考として選んでみた。また、アキタニアは朝食だが「船らしい」絵ということでチョイス。

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↑左のアキタニアを元にして作ったのが右のコロンビア。煙突を減らし社紋を合衆国汽船にするなど手を入れてみた。

そして「コロンビアのメニュー」は上記アキタニアをいじってそれっぽく仕立て上げた物。メニューやラベルなどコロンビア船上で実際に使用された紙物の体の同人便箋「コロンビアレターセット」を作りたいとちょくちょく言っているが、その試案がこれ。今回メニューを持ち込むことを思いついたのもこれが念頭にあったからと言える。





感想

・小物の大事さ

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↑「コロンビアのメニュー」と案内本を並べて。

当時物のデザインをそのまま流用しているのだから当たり前だが現地で手にすると実に「それらしく」なる。以前出した『合衆国汽船コロムビヤ號案内』(BOOTHで通販中)と一緒に並べるとそれはもう船旅の気分。我ながら褒め称えたくなるほどだった。

こうした小道具一つで没入感がぐんと増したことでホテルハイタワーのアメニティのような実在系グッズの大事さも再確認させられる。まあ、無ければDIYするのが同人ってものよ…しかしまあ、同人グッズにも手を出したいと考えていたがまさかかの同人便箋とはなあ。


・メニューの惜しさ

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↑氷川丸一等食堂の展示。

伝説の豪華客船・ノルマンディー号の食事を、横浜で楽しむ~ホテルニューグランド PRESIDENT STYLE 

ホテルニューグランドで戦前の花形客船「秩父丸」ディナー再現 - ヨコハマ経済新聞

夕食会「翁久允・竹久夢二とともに?昭和初期豪華客船ディナーを味わう夕べ」 公益財団法人 翁久允財団
講演会「食の時間旅行-翁久允と竹久夢二の豪華客船アメリカ旅行」早坂勝氏 公益財団法人 翁久允財団
↑各地で開催される再現メニューの模様。特に最後は詳細な解説付き。

往年のオーシャンライナーで提供された料理の再現自体は各地でしばしば行われている。しかし決定的に足りないのが料理を提供する場の再現だ。
料理そのものは非常によく再現されているがそこまで手が及ぶことはそうそう無い。
例えば『タイタニックの最後の晩餐』は料理以外にも音楽やテーブルマナーなどリエナクター向け資料と見まがう書籍だが、それでも内装まではさすがに及ばない。

その点コロンビアは「客船のレストラン」としてこれ以上の物は無い。なにせ一等ダイニングに留まらず船丸ごと一隻やその環境まで備えているのだ!この点で現在の氷川丸すら上回る国内トップクラスのアドバンテージを有していると断言できる。
氷川丸ではリニューアル前にハーバービューというレストランがあり今でも痕跡が残っている(参照:氷川丸訪問記/パート2 - 海とKISSと太陽と)。船上で食事ができたことはリニューアル前最大のうらやましいポイント。

艦船方面の知り合いの間でもコロンビアは「箱は完璧だが中身が惜しい」とよく言われる。もしも往時のメニューを提供するならいくらでも出すと客船好きとして断言できるしパークの体験価値も増すというものだ。
この惜しさも今回のメニューで改めて実感させられた。

・歴史を用いたパークの遊び方の一例

改めて思い返してみると今回のメニューの持ち込みはいつも行っている歴史を用いたパークの遊びの一つじゃないのかとふと気づいた。

自分の主な楽しみ方は作り込みやBGSをその元となった歴史からの視点で見たりイマジニアがどんな歴史をどういじくってを創造したのか探るところにある。コロンビア本こと『合衆国汽船コロンビア号』では元ネタを探したりオーシャンライナーをどう表現しているのかなどまとめたが、この路線を応用したのが案内本や時代インになる。

ポートの時代背景に合う服装を着て、パークを楽しむ - コンフェティ

【公式】あなたも東京ディズニーシーでタイムトリップ!?|東京ディズニーリゾート・ブログ 東京ディズニーリゾート
↑コンフェティで書いた後に公式も似たような記事を出してきた。もちろん直接的ば影響というわけではないが…当時いろいろあったのよ。

案内本では現物では立ち入れない場所や「その後」を想像し、時代インはテーマポートの時代背景のファッションで住人気分を味わう。そのためには元となった歴史を調べる必要がある。
コロンビア周りにしてもタートルトークの断面図のみで示されるゲストが立ち入ることができない場所はどんなものか想像したり「国家の船」としての国威発揚の役割に想いを馳せるなどは実際のオーシャンライナーを知らなければできないことだ。
現物だけで終わらず想像を膨らます手助けとして知識は非常に役に立つ。

むろん調べた結果を実際に反映できるかどうかはまた別問題ではある。時代インは入園できる範囲という前提条件があるし今回のメニューだってどれもWW1前ではない。しかしパークの元となった時代背景をエッセンスとして活用すればこうした遊び方もできる一例にはなる。実際すごく楽しいのよこれが。

冒頭でも触れたが、イベントも装飾も無いパークは「何も無い」のではなくそのものを堪能する大いなるチャンスであると声を大にして主張したい。元ネタを調べたりその知識で遊んだりいくらでもやりようはある。だから普段からもう少し目を向けてもいいんじゃないか…といういつもの話。
2021/05/05

ディズニーオールジャンルWEBオンリー「Clap Your Hands!」参加報告



3月14日開催のディズニーWEBオンリー「Clap Your Hands!」に参加していたので遅まきながらの事後報告と感想。2か月近く経ってしまったがまとまった形で残したくて何とか仕上げた次第。これがツイッターの濁流に流れしまうのは惜しい限りなのだ。

Clap Your Hands!

Clap Your Hands! 【非公式ディズニーオールジャンルWEBオンリー】 pictSQUARE - オンライン即売会サービス

ディズニー系同人即売会への参加は2018年のDpary!(過去記事参照Dparty!お礼と感想 - 寝古鉢鉄工所  ディズニーというジャンルの現状 - 寝古鉢鉄工所)以来2年半振り。
赤ブーのTOONMIXは「海外アニメオンリー」なのでどう解釈しても「海外アニメ」ではない我がサークルは参加しづらく、どうしても限られてしまうのだ。…しかし冷静に考えてみれば一度コミケでアニメその他のディズニー島に参加しているので今更ではないか?
とにかく久方ぶりにディズニー系イベントに参加できる絶好の機会ということでイベント告知から開催まで一か月程度だったが飛びついた次第。


サークル内訳
ショーパレアトモス:19
ミッキーミニープルート:11
グーフィー中心:10
プリンセス:9
ミキフレオールキャラ:8
三人の騎士:6
ズートピア:5
パーク評論、スティッチ:4
オズワルド、テーマポート、ドナデジダックテイルズ、ピクサー:3
チプデクラリス、ソフィア、長編:2
ディズニーXD:1

当初の定員は24サークルだったがすぐ埋まり50サークル、100サークルと拡大した結果運営スペースなどを差し引き総勢95サークルという規模になった。Dparty!に次ぎTOONMIX級に並ぶ総数はディズニー系同人イベントとしてかなりの規模になる。
上記内訳は公式の分類によるものだが、この分類ではファッショナブルと手下が同列の6、海賊が4を擁するショーパレ系が強い。ミキフレではグーフィーが三人の騎士を越す勢いを見せオズワルドで島が構成されるなど興味深い流れ。長編作品もアナ雪とスティッチが4、ズートピアが6など常連ジャンルが参加する中プリンセスと魔法のキスやパイレーツなどこれまでのディズニー系即売会で見かけなかった陣営が参加し、パーク評論の島(自分もその一員)ができるなど嬉しい勢い。賑やかなことはいいことだ。

頒布物

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新刊?:『コロンビアと黄金時代の客船 The RIVAIL & ROOTS of S.S. COLUMBIA』 A4横型 フルカラーPDF 本文7p 無料配布
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東京ディズニーシーの客船コロンビアは往時の客船「オーシャンライナー」を実地で味わえる実物大のジオラマであり、実在した客船を寄せ集めて出来た「1912年のアメリカ客船」という一人のキャラクターである。コロンビアの「ライバル」、そしてインスピレーション元である実在の客船のパンフレットや絵葉書などの紙物資料から黄金時代の客船に触れる。

時間が無かったので新刊代わりのペーパーが新刊扱い。せっかく無料なのだからと横型にするなど遊んでもみたり。いわばコミケ向けに製作中の『紙物資料で辿る黄金時代の客船』(仮称)のお試し版だが…こっちはいつになったら完成するのやら。

既刊:『合衆国汽船コロムビヤ號案内』
表紙

戦前に船会社が船客のために出していた船内案内がコロンビアでも実際にあったら…という体のパンフレット風同人誌。作り込みやBGSを生かしつつ年代を戦間期に設定したある種の二次創作。初出:2018年ディズニープチオンリー"Dparty!"


イベント感想

実地の同人即売会が難しいコロナ禍な現状において代替措置として注目を浴びつつあるWEBオンリーは実地の即売会の下位互換として捉えていたのだが、参加してみて別物の楽しさがあることに気づかされた。
pictSQUAREでは参加者が操作してマップ内を移動したりサークルスペースもいじることができるアバターが特徴となっている。いわばネット上の仮装のような物と見ればよいだろう。実地の即売会の「参加者と直に交流したり現地をぶらぶらして思いがけず発見する醍醐味」にはどうやっても勝てないが、その代わりアバターの楽しさがある。

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↑コロンビアのアバター。当日はこれでぶらぶらしていた。

自分もうずみさんのストームライダーに刺激を受けて人生初ドット絵に挑戦、コロンビアのアバターを作ってみた。デフォルメの難しさを実感させられたが、これはこれで愛着が湧くものだ。


↑当日のイベント一つ、集合写真の様子。多種多様なアバターがわっちゃわっちゃする様子はまるで仮装で賑わうDハロのようだった。


↑みひろさんによる絵。まさにこの光景!

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Clap Your Hands! - webオンリーとはよりpictSQUAREの紹介。このように各所にディズニー映画のキャラが描かれる。



サイトなどの各所を飾るデザインも実に素敵だった。WEBオンリーがどのようなものなのか一から丁寧に伝えるアナウンスにさらに彩りが加わり、配布アバターも沢山の風船が漂っているのはまさにパークの雰囲気を醸し出しておりグッドなチョイス。それに純粋なミッキー型は昔を思い出させてくれて懐かしい。やはり風船はこれでなくてはいけない。

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↑当日のマップ(Clap Your Hands! - サークルリスト・配置図より)。右下の赤丸が我がサークル。

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↑サークルカットはアキタニアの絵葉書を元に煙突をいじってコロンビア風に仕立てた物。

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↑うずみさんとの記念撮影。「海上におけるコロンビアとストームライダーの邂逅」といった風情がいい。

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↑先月もインでお世話になったヤエスサウスポーターズの皆さんと。ドッグサイドポーターとオーバーザウェイブ、ガイドキャストにコロンビアで奇しくもコロンビア併せ。

パートナーズ像とアクアスフィアを中心に各所に置かれたトラッシュカンなどもいい味出しているマップも皆さんのアバターとあいまってまるでパークにいるような感覚で歩くだけでも非常に楽しかった。水辺があったのもアバターのコロンビアを生かせて嬉しいポイントであったが、集合写真後にボートで突発撮影会が行われていたのも見かけ「マップで遊ぶ」というWEBオンリーの楽しみ方の一つを味わえた。

また、同人活動自体の意味でも今回のイベントは僥倖だった。告知から開催まで短かったのがある意味幸いして開き直りの末に無料配布ながらも仕上げることができたのだ。即売会がすっかりご無沙汰でだらけきってしまったところに締め切りのありがたみが身に染みた。

そしてこれらの楽しさは主催の162さんの労力あってこそと実感する。二回目はさすがに求めらづらいが、万が一あるとしたらサークル参加費はもっと値上げして構わないということはお伝えしたいところ。サークルの方でイラストカードを買った際に僅かながらブーストしたが、これだけのイベントがあれだけというのは安すぎる!

同人誌感想
色々と買ったがあくまで一部、それも一言程度に留めるが買った本やグッズなどの感想をば。
感想のありがたみは同人活動する側として身に染みているが、いざ自分が書こうとすると途端にうんうん唸って袋小路入りしてしまう。結局ペーパーと同様にここでも開き直るしかない。

『CUP OF TEA』


Dparty!でご近所だったものの買いそびれ、その後の通販でも逃してしまっており以来2年越しに手に入れることができた。チプデに定評があるみんつさんの絵を紙媒体で味わえるのは実に嬉しい。


『A Wonderful World 』


スプーキーBOOを中心にしたハロウィンのダンサーのイラスト集。リ・ヴィランズには目が無いのでサンプル(ダルメシアン!)を見て飛びついた次第だが、黒猫やカボチャなどスプブ勢も堪能できた。南瓜ぱふぇのみせ - BOOTHにて引き続き通販中とのこと。


『BBBジャズナンバーモーテルキー』


ビッグバンドビートのキーホルダー。この洒落たデザイン!これこそパークに求めているグッズなのだが…とこぼしたくなるほどの素晴らしさ。
こちらもトゥンミや通販を逃していたので絶好の機会だった。在庫の都合で2種類だけだったのが惜しまれるが勝負は時の運、同人も運というものだ。Night and Torch - BOOTHで残り一つを通販中。


『冒険とイマジネーションの沼へ。』


ヤエス•サウス•ポーターズ - BOOTHにて通販中の『冒険とイマジネーションの沼へ。』シリーズを本イベントの規約の関係で園内の写真を差し替えたお試し版。すでに現物は三冊とも揃えているが写真をいらすとやで置き換えた面白さなどまた楽しめる。

ネットプリント

ロストリバーデルタに造詣の深いとらさんによる同地の解説。せっかくインしたのに手元に無く後悔…。


いつもトゥンミで同人誌を買っているみひろさんの絵も部屋に飾ることができるのは嬉しい。

同人誌やグッズの他にもコンビニのネットプリントを利用したペーパーやポストカードも多々あり、これらのみでの参加も可能ということで大いに賑わっていた。ただ、数が多いとどうしてもコピー機を占拠しがちになるのが難点。実地の即売会ではひょいと手に取れば済むがこればかりはどうしようもない…。
2020/11/15

エクスプロア・ニューヨーク ~ タワーオブテラーのアトモスとコンセプトアート


・アトモス『エクスプロア・ニューヨーク』

タワーオブテラーのオープン前には特設サイトtot1899comを始め号外の配布などBGSの紹介に力を入れていたのは周知の通りだろう。その一つがミラコスタのレストラン、オチェーアノで開催されたアトモス『エクスプロア・ニューヨーク』だ。

内容をざっと表せば、ニューヨーク市保存協会の協会員アンナ・メルソンがホテルハイタワーのツアーを宣伝する最中にニューヨークグローブ通信の記者ウィリアムス・ボブキンスが乱入して止めさせようとする筋立てだ。
ホテルの価値を強調する前者とハイタワーの悪行や呪いの存在を主張する後者はベアトリス・ローズ・エンディコットとマンフレッド・ストラングの関係を彷彿されるが、実際にマンフレッドの後輩と称するなどかなり色濃い。

TOTオチェーアノ・バッフェランチ ‐Fortunate Angel
巻き込まれてみました。(その2)‐「しろ」のディズニーシーに行った日だけ日記
エクスプロアN.Y ‐ Piccolomercato
N.Y.C.PS“エクスプロア・ニューヨーク”‐Happy Berry TOWN
オチェに宣伝しに来る保存協会の人‐Pooh横町で逢いましょう
オチェーアノ☆小芝居「エクスプロア・ニューヨーク」‐RYOのTDR日記

そもそも動画自体が少ない上今をきらめく手下や海賊と違いキャラのいないアトモスに注目が集まりにくかった時代のイベント、その元から数少ない記録がサイト・ブログサービスの終了でますます消えていく一方で上記のような記述を読み拾っていく他無い。
そんな状況下、今年の5月にツイッターで動画がアップされるという思いがけない事態が起きた。折角の貴重な記録もツイッターでは流れてしまうのを惜しみ丸々転載したのがこの記事の存在意義という次第(さすがに記事の根幹となると引用の域を超えているので許可を得たが…数ヶ月経ってしまったのは申し訳ない限り)。

上記の記録でも内容に触れられる(実際こうして当時を知らない若造が後世から知ることができたのだから本当にありがたい)が、断片でもやはり動画だと様子が生き生きと伝わってくる。それにニューヨーク各地の紹介もここまではっきりしていたとは知らなんだ。

開園当初のメイヤーや2016年のコロンビア乗客などテーマポートの世界に足がついた住人系アトモスとしてこのエクスプロア・ニューヨークは逸品と再確認できる。…会長や記者もライブキャラとしてニューヨークに登場してくれないものかねえ。

それに、タワテラのBGSはオープン以降活用される頻度はグンと減ったのでこうして存分に用いる様子を見るとつくづく現在との違いを実感させられる。
ホテルアメニティ系グッズはとうに壊滅、レベル13も結局は動きの変化に過ぎずフルニ活用されているとは言い難い。会長はタートルトークの新聞やミステリアスマスカレード2009(『会長からの伝言がある!』)でかろうじて触れられるが記者は名前すら見かけない。オープン前の攻勢はあくまで紹介のためと言われればそれまでだが、ここまで作り込んでおきながら勿体ない限り。
こうして紹介するアトモスを見ると、タワテラに限らないがゲストがBGSに気づく補助線、テーマポートの世界により一層入り込む手助けとしてのアトモスを各テーマポートに常駐させてもいいんじゃないのかと思うのだ。
まあ、アトモス自体が厳しい有様なので夢物語に過ぎないが…。





















・タワテラのコンセプトアート
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オチェーアノ☆小芝居「エクスプロア・ニューヨーク」‐ RYOのTDR日記より。同記事のブロードウェイミュージックシアターの外観は写真だがホテルハイタワーの書斎はご覧の通り絵。

アンナは説明の際にボードを使っているが、アメフロ各所は写真だがタワテラは絵を用いてる。
このアトモスの特徴としてBGSの紹介ともう一つ、コンセプトアートが使われているのではないかと考えている。というのも写真や既存の宣伝絵以外にアトモスの為だけにこのような立派な絵を新調するとは考えづらい。それにコンセプトアートをイベントに用いた前例があるからだ。

2007年のディズニーアラカルトではガルガンチュアのスクリューのたもとにアメフロ各所を描いた絵が飾られた。
これが出版物でよく見るコロンビアを含めコンセプトアートだったのだ。他の書籍で見ない類、それも現行と様相が違う物も多数ある点が注目に値するのでアラカルトの飾り‐K&D やぐに掲載されている写真をこれまた許可を得てそっくり転載。

アラカルト2007
↑全景。まさかこうしてしれっとコンセプトアートが飾られるとは…。

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↑ブロードウェイミュージックシアターの外観はイベントの4年後に出版された 『東京ディズニーシー 10周年クロニクル』に掲載されたコンセプトアートそのもの。

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↑同上に掲載のブロードウェイの夜景。ゲストと共に夜会服姿の紳士淑女が描かれて雰囲気が出ている。

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↑ハーバー側から見たニューヨークデリか?

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↑レストラン櫻と思われるが大部分が隠れているのが惜しい。

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↑国旗をふんだんに飾ることからセイリングデイブッフェだろう。中央上部の貨物は変わらないが大統領の演説台となったトロッコの線路は無い模様。

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↑これまでコンセプトアートが皆無だったルーズヴェルトラウンジも!オーシャンライナーの喫煙室の雰囲気を醸し出すシックな現行と違い酒場・ロッジ風。左上の戦艦の模型にも注目。カウンター席が鞍なのはルーズヴェルトの「カウボーイ」要素だろうか。バーテンダーの風体がルーズヴェルト本人なのは御愛嬌。

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↑『アートで楽しむ東京ディズニーリゾート』などでおなじみのコロンビア。コロンビアはコンセプトアートの露出に恵まれないが、まあ、全く見ない物もあるのだからあるだけマシというものだが…。

いささか脱線したが、このような前例がある以上、劇中で用いる絵はタワテラの物ではないかと推測する次第。


↑Tamas氏はタワーオブテラー各所の写真の元ネタ(#タワテラ元写真‐Twitter)やTOT1899.comを制作した電通の下請け会社など次々と発掘するすごい方。

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JUST ANNOUNCED D23 Celebrates 65 Years of The Disney Theme Park - D23より。左下がアメリカンウォーターフロントのニューヨークとケープコッドを描いたコンセプトアート。

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エクスプロアN.Y ‐ Piccolomercatoより。ボードに注目。

そんなことを言うだけ言って数ヶ月放置している間に動きがあった。
本国のD23の会員に配布されたポストカードの一枚がアメフロを描いた物だが、よくみるとウォーターフロントパークやエレクトリックレールウェイの形状が違う。タワテラも現行のごった煮様式ではない姿で描かれていることにより初期アメフロを描いた物とわかる。
初期タワテラについては過去記事D23 Expo Japan 2015企画展『東京ディズニーリゾート特別展示』も参照。

これが実際使われているとツイッターで指摘があった。つまり推測が当たっていたわけで、実際このアトモスは二つの意味で見どころが満載と言えるだろう。


・蛇足
D232015のTDR展ではOLCにはシー建設中の資料が無いと聞いていた。しかしこうして開園以降もコンセプトアートを小道具として使っている様子から想像を飛躍すると、OLCはコンセプトアートをそれなりに、あるいはそうと知らず抱えている可能性があるのではないかとふと思う。
もちろんすべての絵がコンセプトアートとは即断できない。イベントの都度本国から資料の提供を受けていることだってありえる。だが、少なくとも過去のイベントを洗う価値はあるだろう。
東京ディズニーシーの創造過程が非常に乏しい現状ではコンセプトアートは断片的でも辿る術となる貴重な存在なので、こうして
だからなぜD23EJ2015のTDR展で図録を出さなかったのかと…。

ヒストリータグコレクション
↑やよいさんによる#TDR_historyタグのまとめ。これだけの量をまとめるだけでも労力がいることだろう。

今回の記事はいつも以上に全力で先人におんぶにだっこな記事と相成ったわけだが、先人の残した記録とそれを伝える事は大事と改めて実感する。
特に舞浜はサイトやブログなどゲスト側の記録の比重が高いが、相次ぐサイトサービスの終了で先細りになる一方。現在主流のツイッターに新しくアップされても濁流に呑まれて流れしまう傾向が高い。
だからこそ辿る術を断ち切らないためにも出典の表記は大事といつも口を酸っぱくして繰り返しているのだが…それはまあ、いつも繰り返しなので以下略。でも心の片隅に置いとくべきことは確か。


今回の記事は、ツイッターが会長や記者の絵に仮装にとタワテラ尽くしだった(Twilog参照)のでそういえば自分も途中だったわ!と奮起してようやく完成した次第。こうしてタワテラを浴びると初心に戻った気分になる。
2020/04/18

ドックサイドダイナーの小部屋の写真


去年久方ぶりにシーに行ってセイリングデイブッフェ改めドックサイドダイナーの様子を初めて見てきたが、主な新要素である作業場側とオフィス側の作り込み、特に小部屋の写真類についてつらつらと書いていく。重箱の隅突きは重々承知の上で、まあ今まで通りオタクが机上でこねくり回したお遊びと捉えるのが吉かと。

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↑小部屋のクランクの写真。

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↑【参照】タートルトークのThe Newyork Shipping Gazetter誌。右上に上記と同じブリタニックのクランクの写真。

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↑グレートブリテンのスクリューやボイラーなどの図解。下にTHE "GREAT BRITAIN" STEAM SHIPの表記あり。

正面向かって右側の作業場ではタートルトークのキューライン(2枚目右上)でも用いられるブリタニックのクランクなどが見られるが、ブルネルのグレートブリテンはいただけない。なにせコロンビアより70年も前の船であまりにも年代が離れすぎており解釈(というよりこじつけ)しようが無い。
ちなみに小部屋以外を見るとセイリング時代は屋外だったクランクが屋内に取り込まれている。




次にオフィス側。写真を撮ってなかったので引用で失礼するが、3枚目のポスターはルシタニアをそのまま用いている。普通作り込みのポスターは多少は手を入れるのだが、このままだと「自社のオフィスに他社のポスター(しかもなぜか仏語版)を貼る」ことになってピントのぼけがすごい

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↑【参照】ルシタニアのポスター(Cunard Line - Lines Directes Vintage Poster Great Britain (24x36 Giclee Gallery Print, Wall Decor Travel Poster) - Walmart.com)。同じカッタウェイを使った"To All Parts of the World" の方がメジャー。

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↑【参照】アキタニアのポスター(Cunard Line - to all parts of the world Gutersohn, Ulrich V&A Search the Collectionsより)。

ルシタニアのカッタウェイはアキタニアとほぼ同じだがブリッジが識別ポイント(幅広がルシタニア、幅狭がアキタニア)。もっともキュナード自身が図版をほぼ使い回しているので識別自体はあまり重要ではない。

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↑「現代の客船の構造」。下の模型?写真の船名に注目。

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↑【参照】竣工後のインペラトール(IMPERATOR - Library of Congressより)。

断面図と模型の写真を載せた図版のタイトルは「現代の客船の構造」だが船名からインペラトール、さらに救命艇が一列のみ(タイタニックの事故後に増設)であることから初期案とわかる。これは年代的に合致しているので文句なし。

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↑小部屋の船尾の写真。

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↑【参照】タートルトークのコロンビア船尾の写真。アトラクションを反映して海底展望室が加えられている。

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↑【参照】進水直前のブリタニック船尾(MaritimeQuest - HMHS Britannic (1914) Page 4より)。

船尾の写真は作業場側のクランク同様ブリタニックだが、タートルトークと同じ、それも海底展望室が無い元ネタ(3枚目)そのままで大幅減点。素材の使い回しはしばしばあるので一概に手抜きとはいえないが、さすがに隣の施設で大々的に使う写真の加工前をそのまま持ってくるのはお粗末にすぎる…。


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↑小部屋の写真。下が問題のタイタニックの写真。

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↑【参照】処女航海でニューヨーク港に入港するルシタニア([LUSITANIA arriving in N.Y. for first time, Sept. 13, 1907 bow & portside view at dock; welcoming crowd] Library of Congressより)。

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↑埠頭中央のダビット広告。中央の"OLYMPIC FIFANIO"に注目。

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↑ダイニングのメニュー。左の一番下がトン数。

最大の問題はタイタニックが用いられていること。コロンビア周りの作り込みでタイタニックは文字の加工(埠頭中央のダビット広告がTITANIC→FIFANIO)やトン数の引用(ダイニングルームのメニュー)をしつつ姿そのものは避けてしてきたから、ここにきてポンと出すのは違和感MAXなのだ。

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↑作業場の写真。撮影時のピンボケではなく現物でこの粗さ。

タイタニックはオリンピックとのポスターや作業場側でも多用して何だかなあ…とモヤモヤし通し。しかも写真の粗さもあいまって、素材の使い方がだいぶチャチくなった印象が強い。

まあ、実際のところ作り込みのインスピレーション源については構図やシチュエーションとその資料の関係で偏っただけであり客船オタクの勘ぐり過ぎという可能性はぬぐえない。(中略)しかしながらこれだけは言いたい。一体どこにわざわざカラースキームまで作るフィクションがあるのか。そして単なるコピーではなく作品として昇華させた事例なんて他にあるのか。だからこそコロンビアが「オーシャンライナーそのものを題材にした最高のエンターテイメント」であることは確かだ。
                         『合衆国汽船コロンビア号』



概してドックサイドダイナーの作り込みの新要素は年代(一応コロンビアの就航した1912年前後を用いている)など頑張ろうとはしている。しかし『合衆国汽船コロンビア号』で書いたように客船オタクが勘ぐり過ぎることができた、そして惚れ込むことができた既存のこだわりからだいぶ後退しているのもまた事実といったところ。
まあ、埠頭中央のカラースキームや貨物、ルーズヴェルトの演説台など既存の作り込みはほぼ無事なので、絶対国防圏は守られたから良しとする他あるまい…。