2017/03/05

戦前の鉄道博物館の保管車両に関する覚書

博物館の資料は展示される個体そのものがどのような経緯を辿ってきたか、案外知られていないし解説も少ない。
例えば大宮の鉄道博物館にあるTR73台車は青梅鉄道公園で解体されたスシ28 102のものだが現地の解説では触れていない。
複雑怪奇であるから一々触れないのが当たり前だが、ましてや保存されなかった物にどれだけの分量を割けるというのか。しかしオタクとはそんなところに興味がある面倒くさい生き物なのだ。というわけでレイルマガジン2006年5月号特集『回想の交通博物館』(以下RM誌特集)を軸に主に鉄道博物館に保存「されなかった」車両についての覚書。覚書というかスクラップブックというか、まあざっくりとした自分用のまとめを長文のリハビリがてら書いてみる。

大井工場の保管車両
鉄道開業50周年を記念して1921年(大正11)に東京駅近く、呉服橋の高架下に開館した鉄道博物館は手狭なため実物の車両は展示されていなかった。2年後の関東大震災により博物館資料がほぼ全て焼失した(ちなみに『最古客車』レプリカを設置するために博物館敷地跡から掘り出した双頭レールを用いたとか。鉄道ジャーナル連載『車両とともに30年』第40回より)ので不幸中の幸いだったが、分散していた保管車両のうち汐留駅のものはもろに被災している。

『50年史』交通博物館
昭和3年(1927) 8月2日 アプト式機関車3983号(原文ママ)、2号機関車(5000号) 博物館資料に編入
昭和16年(1941)  4月30日 鉄鋼類回収運動により、5000号・3951号各実物機関車及びト8996号、ワ76113号(原文ママ)各実物貨車(当館所蔵)供出



5000
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出典:ウィキメディア・コモンズ
1871年(明治4年) シャープスチュアート製
阪神間で用いられた日本最初のテンダー蒸機。
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↑現鉄道博物館に展示中のナンバープレート。左下にちらりと見えるのは銘板。『交通博物館のすべて』によればサルター式安全弁は1938年(昭和13)に行われた1号の修復工事のために使われてのちに取り外されたというが現在も保管されているのだろうか?
3951
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↑同形機出典:ウィキメディア・コモンズ
1908年(明治41) べイヤーピーコック製
碓氷峠のアプト式機関車。

ワ6113、ト8996
ワ6113…1880年(明治13)工部省鉄道局神戸工場
ト8996…工部省鉄道局神戸工場(両者ともRM特集より)
初期の貨車。詳細は不明。

これらは御料車庫の側線に留置されていたが戦時中の金属回収により解体されてしまい一部のプレートが保存されるに留まった。
RM誌特集に1937年ごろの写真(撮影:杵屋栄二)が掲載されている。
大井工場の年史『大井工場90年史』『百年史』では言及なし。
鉄道史料63号『関東大震災の被災車両について』によると5000は汐留駅の旧御料車庫で火災、3951(アプト式機関車は他に3921、3983)は品川駅で脱線の被害を受けている。なお5000は『日本最初の機関車群』では「品川で元の御料車庫に保管中に関東大震災に遭遇」とある。
鉄道震害調査書大正12年補遺164コマ
『鉄道震害調査書』(国会図書館デジタルコレクション)より汐留駅構内図。

鉄道震害調査書大正12年補遺164コマ拡大
↑南端部拡大。当時すでに大井工場に御料車庫が新設、『明治45年構内図』などでは「客車庫」と記入されているので大正12年当時には御料車庫として用いられていなかったと解釈する。

「汐留駅の旧御料車庫」とは『新橋駅の考古学』に掲載の明治30年構内図に確認できる敷地南端の玉車庫のことだろうか。『鉄道震害調査書補遺』に添付された構内図(先掲書の『大正12年構内図』)によれば2日午前中には火に飲まれたとのことなのでその際に損傷したのであろう。震災後の汐留駅の写真に写っている屋根が抜けている機関車は5000かもしれない。


一枚の図面から 29 機関車編 アプトの機関車 3950-2 -汽車好きクラーケンに解体途中の写真が多数掲載されている。同記事掲載の「廃車後、大井工場で保管中」の隅に無蓋車がちらりと写っているが、これがト8996だろうか?
このように戦前の趣味人によって撮影されたということは何らかの記事が組まれたかもしれないが今のところ確認できていない。

おそらく関東大震災で焼失した保管車両
フハ3045、ロ117

客車略図262コマ
フハ3045…1872年明治5年 英国製
『客車略図上巻』(国会図書館デジタルコレクション)
客車略図86コマ
ロ117…同上 製造念不明新橋工場製(両者ともRM誌特集より)
『客車略図上巻』(国会図書館デジタルコレクション)

京浜開業時のマッチ箱客車。鉄道開業50周年式典で高架上に展示された。
鉄道史料63号『関東大震災の被害車輛について』のリストにフハ3045が載っているのでロ117もおそらくは同様に被災していると思われる。



大井工場で保管?していた車両
コハ6500
日本初のボギー客車。9両はメトロポリタン社製、1両は神戸工場で車体を製造。
IORI工房からペーパーモデルが発売中。

鉄道ピクトリアル1968年11月号『日本最初のボギー客車』
このボギー客車の写真は昭和10年ごろに大井工場で撮影されたコハ6500(旧番号のまま保存されていたらしい・中村夙雄氏蔵)が唯一のもので(後略)


もしもこの記述が正しいとすると 『50年史』の年表に記述が無いので鉄道博物館ではなく開拓使のように大井工場の管轄だった?(年史に記述なし)。5000などと一緒に金属供出で解体された可能性もあるがその後の行方は全く不明。そもそも本当に保管の意図があったかどうかすら確かではない。
他に鉄道ピクトリアル1969年3月号『「日本最初のボギー客車」補遺』によればコハ6504の廃車体が柏駅に1959年4月ごろまで残存していたとのこと。

ついでに現在も保存されている車両もちょろっと触れてみる。

『50年史』交通博物館
大正12年(1923) 5月6日 札鉄局所属7101号機関車 博物館資料に編入
 同上  7月4日 コトク5010号客車(開拓使号)(札鉄局所属)博物館資料に編入
昭和17年(1942)1月16日 善光号機関車 東京鉄道教習所より移管


弁慶…1880年(明治13)H.K.ポーター社製
幌内鉄道開業時の機関車。当初義経として7101が保管されたがその後の調査から弁慶と訂正された。この経緯は『機関車義経号』に詳しい。
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『機関車義経号』鷹取工場
研究甲第289号
大正12年5月29日
7101号機関車ハ別紙決議書写ノ通リ鉄道博物館参考品トシテ保存ノコトト相成候ニ付相当手続ノ上東京汐留駅構内博物館使用車庫宛回送相成度候

研甲第362号
大正12年6月27日
7010号機関車ヲ東京汐留駅車庫ニ回送方照会致置候処同車庫ハ他ニ使用ノコトト相成博物館所蔵機関車ハ当方東北線黒磯駅所在元機関庫ニ収容可相成ニ付右黒磯駅宛回送方変更相成度候
(後略)


『機関車義経号』掲載の公文書によれば「博物館への回送途中に黒磯駅で震災に遭遇」では無く「回送先を汐留駅から黒磯駅に変更」が正しいことになる。どちらにせよその後20年近く足止めという事実に変わりないが。
もしも汐留駅に回送されていたら5001と同様に関東大震災で被災していたのだから、危ういところで難を逃れたわけだ。この「博物館使用車庫」は5000が被災した汐留駅の旧御料車庫?

特急車両は一般車両より注目が集まるため保存されやすいが、7101が義経ではなく弁慶だったと指摘されると「御召車を牽引した義経号でないとすると、史的価値が半減する」(『機関車義経号』)とまで言われたように戦前においてはお召列車重要なファクターになっていた。
5000も「日本最初のテンダー蒸機」というより「京浜間でお召列車を牽引した機関車」俗説が ちなみにこの俗説はレイル35号で「開業式でお召列車を牽引したのは2号」と「5000の旧番号は2号」の二つの伝承が混濁した結果ではないかと考察されている。

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↑現鉄道博物館の開拓使。なぜこんな中途半端な写真かといえば鉄道博物館があまりに暗くてブレてしまいろくな写真を撮れないからである。
幌内鉄道の特別客車。開業時のお召列車で明治天皇が乗車した。
大正12年から昭和23年まで大井工場の御料車庫で保管されていた開拓使は戦後の混乱のどさくさに紛れて廃車命令が出たが、当時の大井工場長が交通博物館に引き取ってもらいこれもまた危ういところで難を逃れた(鉄道ピクトリアル誌1958年11月号島崎英一『"開拓使"号をめぐって』)。
開拓使を含む交通博物館保存車両の整備については鉄道ジャーナル連載『車両とともに30年』第40回(1982年12月号)に詳しい。この連載は他にもナデ6141の復元工事(最終回)や大井工場OBによる御料車解体反対運動(35回)、進駐軍専用車への改造等戦後期の混乱(3回~)など読みどころ満載。


善光
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↑現鉄道博物館の善光。こんな写真しかないのは(以下同文)
日本鉄道開業時の建設工事機。
大井工場の保管車両が解体された後に博物館入りしたということはタイミング的に金属供出を回避する意図でもあったのではと想像するが、それ以外の材料が無いので単なる妄想にすぎない。


他にも北海道大学に保存されていたが戦時中の機関車不足で復活した5861(レイル誌1978年12月号)や門司鉄道管理局に教材として保存後に爆撃で大破し戦後に解体された5176(どこかで写真を見た記憶があるのだが…金田本?)など戦前も車両の保存はそれなりに行われていた。しかしアメリカ製テンダー蒸機は義経の一族を除き壊滅、私鉄時代の木製ボギー客車も御料車以外は解体(明治村が保存するために回送したが現地で行き倒れ(明治村の保存台車その2-備忘log -名鉄雑記-参照)、名古屋工場でナヤ9836(元作業局オハ215)が台車のみ保存された(鉄道ファン誌1971年4月号など。その後どうなったのだろうか?))と相成った。特に明治初期の客貨車の損失は大きい。その意味で鉄道博物館の御料車群はマッチ箱から大型テンダーまでの客車発達の系譜として貴重だが、現地の解説は工芸品としての価値に重きを置いているのがなんだかなあ…。一般からみたらわかりやすいのだろうけど。
万世橋とは比較にならない広大な敷地に本線からの引き込み線も備えた四ツ谷の博物館計画(関東大震災でボツ)が実現していたら少なくとも大井工場の保管車両は解体を逃れたのではと実に惜しい。
とにもかくも、すべて地震と戦争のせいというわけだ。

余談
・現鉄道博物館について
昨年の8月に鉄道博物館で『海をわたる機関車』の講演(東大EMP主催講演会「海をわたる機関車~近代日本の鉄道発展とグローバル化」)のために10年ぶりに行ってみたが、やはり不満がある。
とにもかくもあまりに暗くてろくな写真を撮れない。資料保存のためなら納得いくがそのわりに一番厳重に保管しなければならない御料車や東海道新幹線の増築棟は明るいので、結局は雰囲気重視かオタク排除としか思えないのだ。
それに博物館というよりもテーマパークな雰囲気に少しさびしく感じたが、 「『手を触れるべからず』の札を『動かして御覧なさい』の札に変えていった(『交通博物館のすべて』)」二代目館長松縄信太の信条を踏まえれば70年経過してようやく当初の構想にたどり着いた…とも言えるからよいことなのだろう。親に連れてってもらって通ったノスタルジーに勝るものは無いがそれはまあ別の話。
ところがラーニングゾーン以外ではいたるところで触れるな上るなの大合唱、10年前と比べて明らかに注意書きが増えしかもC51のテンダーには網までかけられている始末。これは展示方針以前、鑑賞マナーの問題だ。
触れて楽しむ展示を標榜する鉄道博物館が開館して以来こっちまでマナーが悪くなったと以前乗り物系博物館に勤める知り合いがこぼしていたが、その鉄道博物館自身がこの有り様では全く世話ない話である。
さらにボランティアの案内時に聞いた「今流行のポケモンGOは危ないのでスマホを制限する」(実施したかどうかは不明)発言はイギリスの国立鉄道博物館ではポケモンGOを利用して呼び込みを行っている様子と比べていろいろと考えさせられる。やはりお国の差が表れているのだろうか…。








・本記事の問題点
本記事では戦前の保管車両についての記事を確認できていない(存在しないか見落としているのか、後者だと信じたいが少なくとも自分が読んでいないことは確実だ。そもそもあったらこうして自分で書かないが)ので主に古い記事などから引用している。
国会図書館のデジタルコレクションを使えば原典まで確認できるのだからまさにネットさまさまだ。

しかしきちんとした記事を読んでいないことには問題がある。
例えば鉄道博物館の「最古客車」。実際には阪神間開業時の客車であることは『最古客車図』への疑問』(1968)などですでに立証されている。しかし 『日本鉄道史』(1921)や『マッチ箱以前』(1958)など古い資料しか知らなければ京浜開業時の客車と信じてしまうだろう。
要するにえっちらほっちらまとめてみたもののとっくに否定された俗説を拾っている危険性があるというわけだ。むろん新しいから確実である保証はどこにもない。公刊物の記述がひっくり返された事例だっていくらでもある。最古客車」もその一つだ。
しかしだからといって参考文献をおろそかにしていいわけではない。むしろだからこそ重視するべきであるといってもよい(ディズニー忌避風潮を思い返してほしい。あれは誰一人としてまともにソースを重視しなかった結果できあがった風潮なので反面教師にしなければならない)。
何を言いたいかというと、真面目な話ぐらいは出典を重視すべしということだ。こうして出典を記しておけば間違いを指摘し易い、それに自分でも過去のツイートを見返しては「お前それどこで知ったんだ!言え!」としょっちゅう過去の自分を殴るハメになっているのでそれを防ぐこともできる。

長々と言い訳がましく書いたが、今のところできる範囲で調べてみた結果こんなところでこんな疑問があるよという覚え書きといったところ。というわけで誤りがあったら遠慮なく指摘してくださいませ。
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2016/11/25

横浜―日本丸、三菱技術館、郵船博物館

ツイッタ―のフォロワーさんのツイートで三菱技術館の秩父丸展を知る

調べると日本丸の総帆展帆が週末にあることを知る

じゃあついでに郵船博物館の氷川丸展も行ってみるべ
……と急きょ予定を詰め込んだ結果いくつもはしごする羽目になっていささか後悔する。もっと余裕をもって行動するべきだなウン。


日本丸の総帆展帆
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【帆船日本丸・横浜みなと博物館】横浜みなとみらいにある帆船日本丸・横浜みなと博物館・日本丸メモリアルパークへようこそ
日本丸ではすべての帆を張る総帆展帆を年に12回実施している。今回(11月20日)は本年度の最終回。
満船飾と重なるとさらに綺麗だっただろうが惑星の周期みたいなものでタイミングが中々合わないのでめったに見られるものではない。

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歩道橋より撮影。


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ボランティアによって帆を張る作業が行われる。こんな高さのヤードを渡るなんて高所恐怖症にとって悪夢だろう。

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青空に白い帆が映えて実に美しい。


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↑風が弱く水面に映っていたのでシンメトリーを意識して撮ってみたがやはりずれる。難しいものだ。

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実は日本丸に限らず帆船が帆を張るのを間近で見たのは初めての経験だったが、やはり帆船はこの姿が一番帆船らしいと実感する。惚れ惚れしますわあ。 

三菱みなとみらい技術館特別展『豪華客船の黄金時代を担った秩父丸展』
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企画展「豪華客船の黄金時代を担った秩父丸展」のお知らせ (2016年11月16日~2017年1月16日)

三菱みなとみらい技術館で開催中の企画展。秩父丸を建造した横浜船渠は三菱と合併、その跡地を再開発したのがみなとみらい21と何かと縁のあるのでそのつながりによるものだろう。

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↑展示規模はごらんのように小さいのでこの展示「のみ」を目当てに行くにはちょっと物足りないかもしれない

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↑『第170番船 日本郵船株式会社サンフランシスコ航路新造船 工事予定表』
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建造、内装、船旅の3パートで構成されている。技術系の博物館らしく建造と進水式に重きを置いて小粒ながらも凝縮された展示。

現地でお話しを聞いたところ、準備期間が短く図録の類は用意できずチラシが3種類(展示告知、横浜造船所、カラースキーム)のみ。これから進水の体感展示を追加するかもしれないとのこと。

この博物館は初めてだったが、シミュレーションのような体感展示が充実する今どきの博物館(というよりも企業PR館か)で小さい頃に行ったら夢中になって楽しんでいたことだろう。売込み中のMRJなど展示を更新しやすいのは企業博物館ならではか。


日本郵船歴史博物館『まるごと氷川丸展』
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重要文化財指定記念 まるごと氷川丸展|展示・イベント一覧|日本郵船歴史博物館・日本郵船氷川丸

郵船博物館でクリスマスまで開かれている氷川丸展は名前の通り建造から運航、戦時中の病院船時代、戦後、引退後の展示まで氷川丸尽くしの展示。一等特別室のステンドグラスのように今まであまり取り上げられなかった題材も多くかなり濃厚。さすがは郵船博物館だ。

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↑図録目次
『近代の産業遺産の保護と氷川丸の重要文化財指定』
『建築調査から見た貨客船氷川丸』
『氷川丸の船内設計者マルク・シモン』
『氷川丸復員作業の思い出』
以上4編は展示に無い論考。『「戦後シアトル航路の出航風景」について』も有名ながら様々なキャプションで流布する写真の由来を検証する興味深い内容。

企画展図録は展示内容に加え重要文化財登録時の調査など氷川丸そのものを知るうえで『横浜市指定文化財「氷川丸」調査報告書』と並び欠かせない書籍になっている。こっちをパンフレットとして常備しておけばいいのに……と願うほど。もしも展示期間に間に合わなくても2011年の洋上のインテリアⅡすらまだ残っているので図録が売り切れる心配はいらないが、現物を見られるのが一番だから行くべし。

しかしまあ、戦前の船旅について具体的に触れた書籍は無いか質問したら「企画展図録がいちばんまとまっている」との返答で中々のショックであった。あったらとっくに手に入れているだろうからわかっていはいたが面と向かって宣告されるとそりゃ気分も滅入る。『飛鳥ダイニング』の戦前版があればいいのだが……。

なお肝心の氷川丸は生け花の展示『大フラワーデザイン展』が行われて花粉症の人が行ったら憤死しかねない有り様でがっかり。
ダイニングのテーブルやピアノの上、はては機関室にまでいたるところに派手な生け花が置いてあり正直調和も何もない。せっかく氷川丸そのものを見に来たのにここまで隠されていると興ざめもいいところだ。
これでは氷川丸が単なる展示スペース扱いなのでもっとこう、ディナー時の再現だとか機関室の壁に一輪挿してあるとかもうちょい往時を意識して欲しかった。嗚呼。
そんなわけで氷川丸の写真は無し。まあ、また今度行けばいいさ。
2016/08/29

夏コミお礼と『合衆国汽船コロンビア号』委託告知


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↑サークル寝古鉢鉄工所の様子。ジェラトーニやS.E.A.紋章は『東京ディズニーシー 芸術巡りのための本―メディテレーニアンハーバー編』を委託したSeinaさん(冬コミには申し込まれたとのこと。楽しみです)の物。おかげで味気ないスペースが華やぎました。

だいぶ遅れてしまいましたがコミケ90はお疲れ様でした。売り子を手伝ってくださったSeinaさん、当スペースにお越しいただいた皆様にお礼申し上げます。
ですが、まさかの完売という事態に驚きを隠せません。一回のイベントではけた最大数がディズニーオンリー的イベントcolos EXPOの30部だったので残部を宅配するつもりでかなり大目に見積もったのですが1時過ぎには完売してしまいました。せっかくスペースにお越しいただいたのに申し訳ありません。価格はだいぶ高くなってしまいましたが委託しましたのでそちらからお求めくださると幸いです。


委託

・とらのあな
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↑秋葉原A店で陳列されるコロンビア本(掲載許可済み)

とらのあなページ
【とらのあなWebSite】合衆国汽船コロンビア号
↑通販はこちら店舗では秋葉原A、池袋、名古屋、なんばで委託中とのこと
こうして自分の本が並んでいるのを見るととうとうここまで来たか…と感慨深いです。

・書泉グランデ
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↑5Fの同人誌ではなく船舶コーナーに配置(掲載許可済み)。右下で数々の客船書籍に紛れこむコロンビア本。

まさかあの書泉グランデに本を置いてもらう日がこようとは夢にも思いませんでした。口添えくださったまさとしさんに感謝
ここには『豪華客船の文化史』『北太平洋定期客船史』など参考文献が並んでいるので読んでほしいしできれば一緒に買ってほしいです。




『合衆国汽船コロンビア号』は世にも貴重なオーシャンライナーの同人誌(他にはWW1のカーマニアvsカップトラファルガー『白鳥の戦い』とタイタニック乗員本『MAIDEN VOYAGE OF RMS TITANIC』しか知らない)であるとともにディズニーの同人誌をこうして委託できることの証明になったはずです。
印刷所に入稿…今回は緑陽社。初めてのオフセット同人誌ということでお世話になりました。
即売会で頒布…コミケに「ディズニーの同人誌」としてサークル申し込み。
書店への委託…とらのあな、書泉グランデ。ちゃんと申し込み時にディズニーと記し概要でも伏字になっていない。
以上のように『合衆国汽船コロンビア号』を頒布したことからもディズニーの同人誌は普通のジャンルと同じく頒布することが可能、もちろん存在しないことなんてありえないわけで九割方が「存在しない」「できない」「だから危ない」と散々いらぬ茶々を入れてきた野次馬や炎上屋の言うことなんてあてにならないわけです。もうこんな余計な文章をいちいち書く必要もないぐらいには。
2016/08/03

コロンビアの演奏系アトモス

【TDS】豪華客船でビアガーデン、夜涼を彩るサプライズで大人ディズニーを満喫 -ウレぴあ総研
船上の貴婦人と音楽家|☆ ディズニーシー風景写真 ☆

現在コロンビアのウェルデッキ、テディ・ルーズヴェルトラウンジのテラス席では女優のカトリーヌ(オーバーザウェイブのカルティエと同じ衣装だが、マジークとベイサイドビートのサフィールの
ように別人)、アコーディオン奏者のベン、マジシャンのロバート(正体は航海中に一等客に取り入って賭けトランプで巻き上げるプロのギャンブラーでマジックはその口実…かと思いきや違う模様。そりゃそうだ)の三人がゲストとふれあうアトモスが開催されている。
ポルトのメイヤーなど開園当初のをほうふつさせるテーマポートの住人系アトモスで、例え停滞した大型開発の急場しのぎだとしても大変喜ばしい。やればできるじゃないかOLC!




↑カトリーヌは「何もしないアトモス」としてメイヤーに通ずるものがある。

さらにコロンビアにおける9年ぶりの演奏系アトモスである点も注目に値する。今回のアトモス攻勢をきっかけに昔のような演奏やテーマポートの住人が定着する可能性はあるまいか(開園当初は魅力あふれるアトモスが期間限定ではなく常駐していたのだ)、ひょっとしてコロンビアそのものにも注目が集まるかも、と淡い期待を込めてコロンビアにおけるアトモスをまとめてみる。…なんだかハロウィンの時も似たような皮算用をした記憶はあるが、それはそれこれはこれ。


・ダイニングルームのピアノ
開園時―2007年?
東京ディズニーリゾート物語3号などに写真が掲載
八王子 ピアノ教室 「カーサ・デッラ・ムジカ」 講師紹介
↑ダイニングで演奏していたピアノストの紹介。

S.S.コロンビア・ダイニングルームのピアノは開園当初から数年は食事時に演奏していた。当時通っていた方いわく、当初はラグタイムを演奏していたが末期になるとディズニーソングになり雰囲気が少々…とかなんとか。
調律すらされていないという数年前の記事(S.S.コロンビアダイニングルームのピアノ|ピアノ 鈴木愛海のブログ/千葉県佐倉市)もあるので、再び演奏されるかというと絶望的だろう。

・ドックサイド・ポーターズ

普段はアメリカンウォーターフロント界隈でアカペラを披露していたドックサイド・ポーターズはラウンジにも出没した。トリオメロディーアがカナレットで演奏した(Trio Melodia _ まりきょデニアリー)ように特別な催しではなかったようだ。

・5周年アトモス『ジャズ&トニック』



ジャズ&トニック ( ディズニーリゾート ) - りゅうの「海鼠はシーのミッキーではなく“なまこ”と読みます」 - Yahoo!ブログ
バレンタイン・スペシャル~東京ディズニーシーのシーズン・オブ・ハート ♪バッハ・カンタータ日記 ~カンタータのある生活~_ウェブリブログ
テディ・ルーズヴェルト・ラウンジ ‐ K&D やぐ
5周年イベントのアトモスとしてルーズヴェルトラウンジの暖炉前のボックス席でボーカル、ギター、クラリネット、ベースの編成によりジャズを演奏。


・シーズンオブハート

↑過去にはいくつかアップされていたが動画サービスの終了で見られなくなっており、ジャズ&トニックとともに現在ネット上で見られる唯一の動画。アップされたやぐさんに感謝。
2月3日インパ④~S.S.コロンビアダイニングルームの素敵なライヴ ( ディズニーリゾート ) - ディズニーリゾート日記~さんぺい~ - Yahoo!ブログ

2007年イベント、シーズンオブハートではピアノとボーカルが演奏した。
ディズニーファン誌にもアトモスとしての名前は記載無し。2008年には開催されていないので、おそらく5周年の一環としての要素が強いらしい。



・当時の船上バンド
ディズニーソングも結構だがやはりここは往時の曲でないと雰囲気は出まい。
第一次世界大戦中にはフォックスロットが、1920年代にはジャズが流行するが、コロンビアの1912年ごろでは『日本のジャズ史―戦前戦後』や日本郵船歴史博物館の企画展図録などによればピアノとバイオリンやコントラバスなど弦楽器を中心にした5,6人のバンドがトランペットやクラリネットを持ち替えつつアレキサンダーラグタイムバンドやなどのラグタイム・ワルツを演奏していたという。要は映画『タイタニック』のバンドを思い浮かべれば大体あっているわけだ。
現在のところエリアBGMを除きビッグバンドビートやフォーリーズなどのようにもっぱらジャズが用いられ、ラグタイムを演奏した開園当初のアトモス、スタテンアイランド・ラグタイムバンドの他にはセイルアウェイぐらいしか知らない。コロンビアでもピアノやバイオリンなどのバンドで演奏すればより雰囲気がでるだろう。


・コロンビアをより深く楽しむ
コロンビアの船首甲板では夕暮れ時を除き普段はまったく人影を見かけずマツコの特集と今回のアトモスで賑わっている感がある。
これを機会にコロンビアそのものにも注目して欲しいなあ、ということでディズニーファン誌の記事の紹介。

・ディズニーファン誌2006年9月号『ワンダフルボヤッジ』
専門家が各テーマポートの作り込みを解説した連載『ワンダフルボヤッジ』の第一回はコロンビア。船舶専門家の庄司邦昭、千葉元両氏が船首甲板の機器などを解説しているのでこれを読めば間違いなくコロンビアをより楽しめる。

それと夏コミで出す『合衆国汽船コロンビア号』(
コミケ90参加告知 - 寝古鉢鉄工所)もよろしくお願いいたします…というダイレクトマーケティング。

2016/07/31

コミケ90参加告知

なんとかコロンビア本を印刷所に入稿して発注承認されたのでその告知を。

参加イベント:2016年8月14日開催コミックマーケット90三日目
コミックマーケット90のご案内

参加スペース:西地区 "ま" ブロック 39b
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↑サークルカット
コミケ配置
↑会場マップ
寝古鉢鉄工所の詳細 _ Comike Web Catalog
↑コミケWebカタログ

頒布物:『合衆国汽船コロンビア号』
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↑表紙

キャプチャ1
↑目次



概要:B5版オフセット本文72ページ

内容:東京ディズニーシーにたむろする船舶の中でも一番の巨体を誇るオーシャンライナーコロンビア。アメリカンウォーターフロントの象徴であり「オーシャンライナーそのものを題材にした最高のエンターテイメント」でもあるコロンビアについてオーシャンライナーとしての特徴、バックグラウンドストーリー、実在の客船からの引用、そして製作者であるイマジニアの意図など様々な視点で考察する。

コピー本との差異:『合衆国汽船大西洋三軸定期船コロンビア号』からは写真の入れ替えや新規参考文献、内容の追加などで10ページ増加。



内容:芸術的、文化的さらに文学的観点から東京ディズニーシーを考察した本です。とあるイベントで発表させていただいた『絵画語りinディズニーシー メディテレーニアンハーバー編』に新たな芸術に関する内容と過去に発表させていただいた『文学でみる東京ディズニーリゾート』の一部の内容を加えています。
東京ディズニーシーのメディテレーニアンハーバーに飾られている絵画、壁画、プロップス(置物)の意味や背景を探って、パーク、そして芸術の世界の両方をより一層楽しんでいただけたらと思っています。



カタログを探ってみてもディズニージャンルであるアニメ(その他)に評論サークルがいたのは10年以上前、しかも客船サークルを発見できなかったので艦船ということでメカミリで申し込んでみたわけですが、ディズニージャンルでもあるのにディズニー島が構成されているアニメ(その他)の一日目ではなく三日目、客船なのにメカミリの末端と中途半端な位置ですがよろしくお願いします。評論や創作のついで程度に来ていただけると幸いです。

現物については印刷所からの直接搬入で自宅への送付も14日前後でまだ紹介できません。
通販の委託先も決まりましたら随時更新します。たとえ断られても最低限自家通販はしますので「ここしか目当てがない」「夏はきつい」という方は無理しなくても大丈夫かと。

・余談
今回のコロンビア本を入稿した印刷所は初めてのオフセット本ということで手取り足取り教えていただいて本当にお世話になりました。しかもディズニーの同人誌であるが構わないかとの確認にも「18禁の修正などで突っ返すかもしれないがそれは他のジャンルと変わらない扱いであり『ディズニーだから断る』ことはない」とのお返事を頂きありがたいにもほどがあります。

例の自主規制をいまだに掲げる組合に加入しているところですが、他の印刷所(今回の印刷所含めどこも大手)もジャエルプチオンリ―を支援したりベイマックス本を印刷サンプルとして扱うなどサンライズのガイドラインと同じく形骸化していると見てよいでしょう。…今年の1月には「業界ルールを知らない小さな印刷所だったらやるかもしれないがウチは違う」とドヤ顔ツイートをした大阪のとある印刷所がいたが、井の中の蛙なんとやらということですなあ。

ごらんの通りサークルカットにはでかでかとディズニーと記し申し込み時にも「東京ディズニーシーの考察」と堂々と記入したがこうして見事当選した。昨年の1月以来「そんなに言うなら自分で出せばいいじゃないか」「声が大きいのは本を出さない外野ばかり」と無責任な野次を飛ばす人は多かったが、こうしてコミティアに引き続き出したぞ?ああん?と改めて問いただしてみたいものである。
しかも一日目のディズニー島(正確には半島のようなものか)にはベイマックスを中心にディズニーチャンネルの諸作品やモンスターズインク(3年前の絵師までもが「我々の平和は保たれた」と大喜びしたMU同人誌の自警団事案からすれば隔世の感がある)、ファッショナブルイースターに手下にヴィランズワールドとパークの二次創作、さらにミッキーマウスの三次創作までいらっしゃる。知る限りここ15年で一番賑やかな陣容となっている。
つまりろくに調べもせず「ディズニーの同人誌は存在しない」「コミケも禁止している」「だから危ない」と主張する根拠はどこにもないわけだ。まあ、そんなことを主張する輩は目の前の箱でググりもしないからそう信じているわけでこうしても何ら影響するところはないのだから好き勝手やらせていただきます。