2016/04/17

菜の花と桜―新京成と鉄連Eタンク

久方ぶりの鉄道カゴテリ。お堅い内容ばかりではなくたまにはこんな記事もいいんじゃないのかな。特に前回のような政治的な内容はもうこりごり。
せっかく菜の花や桜が咲いているのだから休日にぶらついて写真を撮ってみた次第。

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菜の花と新京成。菜の花の香りが漂うと春が来た実感がわく。

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すぐ慣れるのだろうけど、前のたぬき塗装の方が好きだったな。でも白の車体に黄色が映えるからこれはこれでいいのか。
近くには大きな柿の木があり秋になるとそれはみごとに実がなった季節感満載なスポットだったが何年か前に切られてしまった。無くしてからその価値に気づくものだね……。

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鉄道連隊のK2。最近ではガルパンに登場したことで知られる。よくありがちなぬーっと滑るCGではなくちゃんと揺れていて走っている感があって感動物。突っ込みどころはあるっちゃあるけどそれだけでもう許せてしまうのだ。

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もう少し早ければ綺麗な満開が見られたがごらんのとおり葉桜になりかけ。写真を撮ろうと思い立ったのが遅すぎたのだ。まあ毎年のことだが。

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来年こそはちゃんと満開する時期に合わせて撮影しよう……と毎年誓うのであった。

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おまけ。レトロ調に撮影できるスマホのアプリで撮ってみた。面白いものだねえ。
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2014/10/26

鉄道雑誌から

1969年9月号 『鉄道ファン訪問 荻原政男』 C54にデフを取り付けた話はこれが初出らしい。
RF誌1971年1月号に交通博物館の最古客車についての記載あり。模型と同じく黄緑のくすんだ塗装は「客車設計の大家で10代目大井工場長の小坂狷二の説によるもの」他にも製造の苦労話含め2p。

RF誌1971年5月号に陸羽西線のキマロキ撮影会の記事あり。マックレーを牽引する先頭のキは秩父のC58363。
1971年10月号 D50特集
『大陸の鉄輪』 マレー、シェイ
『鉄道記念日誌上座談会 1号機関車ほか大いに語る』  八高ヤードのような擬人化。いや逆か。

1985年4月号 つくば博覧会の860形レプリカ製作記 当初の意向は動態だったとか。
2012/12/12

鉄道博物館の『D50形蒸気機関車動輪』は本当にD50のもの?

 2chは罵詈雑言のドッヂボールであると思われがち(実際にもそうだが)だが一部のスレは有意義な論争が行われており『蒸気機関車の技術を熱く語りつくすスレ』もその一つである。正確にはあった…タコ弁が粘着するまではちょくちょく読み返しているのだがふと以下の一文が目に留まった。

蒸気機関車を熱く語り尽すスレ Part4より

281 : オカマスキー[sage] : 投稿日:2004/05/01 12:33:00ID:kMV0xDa2 [3/3回]
 >>280
 みんな日本鉄道ですYo!
 5680と3800はダッブスの姉妹機
 7050もダッブス、7080はピーコックです
 ちなみに交博に有る「D50の主動輪」はクランクピンの端が正方形断面なので
 D50用ではなく7080用の可能性が大




んなこたない…と思いたいがC53の動態模型の動作が交博以来間違っていたりマイテを喫茶店に改造しようとしたりと前科があるのでありえる。というわけで軽く確かめてみた。
 その前に7080はなじみがないであろう古典ロコなので軽く解説を。

 7080は日本鉄道がベイヤー・ピーコックから1902年に輸入した蒸機である。
 特徴は低カロリーの常盤炭を使用する目的のためにペルペア火室を採用したために従車をつけ、土地柄雪中行軍が多いので脱線を防ぐために先輪を省略し車輪配置0-6-2となったことである。これは同目的に輸入された7050(違いは製造所がノースブリティッシュとダブスであることとのちに挙げるもの)とこの形式に見られるのみ。
                         以上『機関車の系譜図』より要約

…まさかD50を知らない人はいませんよね?

1,D50
・D5062 臼井茂信『機関車の系譜図2』より
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・D6034(D50145改造) 全国保存動輪リストより
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指摘されたクランクピンの先端は丸だ。動輪径は1400mmである。

2,7080 同上『機関車の系譜図1』より
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第二動輪のみが正方形である。動輪径は1397mmだ。

3,鉄道博物館のブツ全国保存動輪リストより
<a href="http://nhironworks.blog.fc2.com/img/d50dourin-tetsuhaku11.jpg/" target="_blank">d50dourin-tetsuhaku11.jpg
…正方形である。ということは確かにこれが7080のものである可能性大ということだ。ほぼ同じ仕様である7050のクランクピンはすべて丸なのでどちらかといえば7080であることは間違いない。しかしD50との動輪径は3mmしか違わずこれは摩耗による誤差に含まれるので現物を確かめようにも無理がある。

以下は妄想だが、7080が廃車された年は1922年、つまり初代鉄道博物館が開館する1924年に近い。当時機関車の解体は鉄道工場で片手間に行われていたので開館に伴い手近な廃車発生品を入れた、と考えればつじつまはあう。なぜD50と混同されたかといえば…動輪径がほぼ同じだがこんなマイナー機のものであろうとはふつう思わない。

もしもこれが本当に7080のものであるなら同様に保存されている客車の松葉スポークや木製のものと同じく貴重なものとなる。たとえD50であっても貴重なことには変わらないがともかくその具合がUPすることは確実だ。
2012/09/20

成田ゆめ牧場まきば線に突撃の巻

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トレッスル上で停止するマフポッター

連休最終日に成田ゆめ牧場に行ったのでそれについて。
ネットを始めて間もない頃見ていたのがドラえもん公式とチャップリンファンサイトとなぜか羅須地人鉄道協会のHPだったりするので10年越しのご対面だったりする。たぶんくろがねの道からたどっていったのかな?
ともかくネットだけで満足していたのがJAMの講演を聞いていてもたってもいられなくなり突撃してみた次第である。
しかしあれだ、京浜開業写真以来の鉄道カゴテリですよ!なんかディズニーにつきっきりだったけど本来の本業は鉄道だから!

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利根川沿いを延々と突っ走る。県境まで来るとは思わんかった…
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ちょうど電機が踏み切りを通過したので撮影。ここにきてド田舎に来たとようやく実感する。
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そして動物たちをすっ飛ばしての6号との対面!復活についてのHP更新をリアルタイムで見ていた(ような?)から感慨深い。
線路沿いをぶらついてみると…
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木の傍らに留置されてるディーゼルと転がっているボイラー!
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そしてぁゃしぃへろへろ!まさに1分の1スケールの模型である。
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トレッスル橋のそばで待っていると6号がエッチラホッチラ登ってきたが後ろから…
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マフポッターがやってくる。待っていると山手線のごとく続々とやってくるので一発勝負のJRと違い余裕を持って楽しめたりするのがここの楽しみである。
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とりあえず編成のどアップより空間をつくると「それらしくなる」ような気はする。いい意味でも悪い意味でも。
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これらの車輌はこの車庫で整備しているのだがここを見せてもらった。
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中に入ると…
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どこのウェールズの保存鉄道ですか?ともかくこれはなぞの糸魚川の1号で確か「ケーシングをはずしたら土と化したアスベストがでてきた」なんてすさまじい状態だったのがボイラーを新製してここまできたとのこと。
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右が今日は動いていなかった3号。運転を切り上げてからの整備もここでしている。
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この実際には乗り降りしないホームもつい最近できたようなイメージがあったりするが結構たっている。
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へろへろどもが夢の跡…これがへろへろ闘争の跡地か…

この後協会の方とお話させていただいただけではなく釜炊きや鈴乗りまでさせてくださってウヒョー!!
写真を撮る暇なんてねぇ!病み付きになって協会に入ってしまいそう…

すごいのはこれを企業ではなく全て有志でやっていることだ。お邪魔している間にもマフポッターに西武遊園地のバッテリーカーの鐘をつけようとしたりとちゃくちゃくと拡張していて進行速度がすさまじい。聞くと模型の延長線上で楽しんで心象鉄道を再現しようとしているとのことでまさに1分の1スケールの世界だ。
自分がパークで楽しんでいる鉄道の要素もこの記事でお分かりになるだろう。へろへろ、その辺に転がっているナベトロに機関車…。それをここでは実物を広げて楽しんでしるのだ。

なんだか模型をすっ飛ばして実物に移行してしまいそうで怖い…でも楽しいビクビク
2012/03/24

発見された京浜開業時の写真について

朝日新聞1月29日付けより
朝日新聞1月29日朝刊「文明開化くっきり」より
 1月29日の朝日新聞にオーストリアで発見された1872年の横浜駅の写真が掲載された。当時のFAR EASTに未掲載だった48点のうちの一枚だそうだ。
他にも荒廃した大名屋敷も掲載されていたが鉄道好きとしてはやはり横浜駅に注目してしまう。その中でも気になった点がいくつかある。


1,編成、特に客車について
 昔から明治時代の客車は『マッチ箱』と称され、開業時の客車も博物館の1号機関車に同伴しているようなコンパーメント式が使用されていたと考えられていたが現在では京阪開業時のものとされこちらではデッキ付が使われていたとされている。この写真ではその通り客車はすべてデッキ付である。説の分かりやすい証拠ではないだろうか。編成の半分を貨車が占めているのも興味深いが、貨物輸送が始まったのは翌年の1873年といわれるがこれはミキストではない貨物列車のことで輸送自体は開業時から行われていたということであろうか?

2,先頭の蒸機について
一番気になるのは牽引する蒸機は開業時の10輌のどれかということである。img349.jpg
↑バルカンファンドリー製1号、後の150形 ↓シャープスチュアート製2~5号、後の160形
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↑エイボンサイド製5~6号、後台湾に島流し移管 ↓ダブス(正しくはドーブス)製8~9号、後の190形
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↓ヨークシャー製10号、後の110形
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以上すべて「私の蒸気機関車史 上」川上幸義 より
まず落とされるのはダブスである。『ブレーキバン』が決定的な目安だが、例え改造されたとしても上記の写真にあるように水槽がボイラーよりも高いので非常に目立つ。写真では普通の高さのため除外される。
ブログに乗せたものではよく見えないが機関室の背はしっかりとしたものであるので屋根と風除けしかないヨークシャーと背がないエイボンサイドは次に除外される。
最後に残ったのはバルカンとシャープだが、この二形式の区別はボイラーの高さに頼るしかない。しかし新聞記事のをよく見ても正直区別できない。したがって

結論:原版を見るしかない

…竜頭蛇尾とはこのことを言う
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