2012/04/15

SSコロンビア概説3―新聞から読み取れること


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↑建造中のコロンビアを視察するエンディコットとその『娘』おそらく右のタイタニックのパロディ…かな? 右はウィキペディアより

さて絵の次は新聞に移る。これらの新聞はコロンビアの進水式や処女航海の模様を詳しく伝えているが実はその半分はタワテラに関連している。新聞自体があのニューヨークグローブ通信であり、ここが最大の見所なのだが会長に触れているのだ!tot1899.com亡き今となっては唯一会長に触れている貴重な存在になってしまった…。会長は重要ですよホント。タワテラはジジイと偶像と絶叫だけじゃなく記者と会長のアメフロ中を巻き込んだロマンス要素と偶像の呪いによるホラー要素もあるわけでそれを活用しないのは実にもったいないわけでありまして…ッとそれたがざっと触れてみる。



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1,ニューヨークシッピングガゼット コロンビア進水式特集号 The Newyork Shipping Gazetter 1911年4月11日付
 まずこの新聞であるが、某記者が所属するニューヨークグローブ通信の前身の業界紙である…らしい。おそらくtot1899.comに載っていたはず。題字の下に Conelius EndicottⅢ Publisherと書かれているので間違いは無いだろう。 記事上段にはコロンビアの進水式の模様が書かれており、タフト大統領がスピーチを行ったことや万単位でニューヨークっ子が訪れたこと、会社のバンドが演奏し花火が上げられたことなどがあり、一方下段には「今はドン殻だけど後で煙突や海底展望室を設置するよ!」や「リパブールへの処女航海のチケットはホレイショースクエアのオフィスまで」とある。自前の造船所を持っているのもびっくりだが、クラッシュの海底展望室が新造時から存在したということは1912年設定で確定ということだろうね。

 だがこの記事で一番目立つのはシャンパン割りを行う会長である、と信じたい。写真写りの悪さに定評がある会長の唯一の笑顔ということもあるが、記事では会長が内装を手がけたことを書いていることに注目したい。エンディコット3世が会長に内装をまかせたのはハイタワーホテル買収から目を背けさせるためであることはtot1899.comの会長の日記でもわかる。(…わかるよね?)つまりこのようにタワテラとも密着していることがはっきりしているのではやくtot1899.comを復活させる作業に戻るんだO○C!


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2,ニューヨークグローブ通信 The Newyork Globe Telegragh 1912年3月20日付
 ここではコロンビアの経歴と内装の概要、それにセオドア・ルーズベルトが祝辞を述べたことが書かれている。
上段では各デッキ等の内装について説明されており、ダイニングルームが"passengers may also partake of fine dining"と、ルーズベルトラウンジが"Celebrate the American spirit while enjoying a libation in the~"と触れられている。
中段ではコロンビアの建造についてとスペックが書かれている。以降つらつらと書いてゆく。スペックはちょっとまた今度元ネタ論考のさいに・・・。

1907年3月 エンディコット3世はニューヨークでコロンビアの建造を開始し、ベアトリスローズエンディコットは内装をデザインした。
1909年9月16日 エンディコット3世の72歳の誕生日にUSSが所有するブルックリンの造船所にてキールを設置し起工する。
1911年4月15日 コロンビア進水
1912年3月2日 コロンビア公試
1912年3月5日 54番ピアに到着し処女航海の準備をする。
1912年3月19日 一等船客とニューヨークの社交界を招き祝賀会を行う。
1912年3月20日 午後四時に出航。


下段にはセイリングディブッフェにて演説を行うルーズベルト元大統領の様子がある。


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本文では以上だが、それ以上に魅力があるのが右上の見出し一覧だ。三つの記事の題が書かれているが、4ページに「廃墟と化した『タワーオブテラー』として有名なハイタワーホテルのレポ」 7ページに「科学:フレンドリーな海亀『クラッシュ』がニューヨーク港を第二の家にすると科学者が語る」そして9ページには「ファッション:美しきベアトリス・ローズ・エンディコットが航海の祝いにあるニューヨークの社交界を沸かせる」とある。

…ちょっとなにこれフルで読みたいんですけど!!スクルージおじさんのデパートに置いてくれたら全力で買うよ!!
タワテラはおそらく三世による工作の一環だろうし、クラッシュが第二の我が家宣言したのも興味深いしなにより『美しき会長が~』と書かれているのがカールッチ派大勝利ですよね…と思ったけどこりゃ単なる親ばかの可能性もあるよね。 
とまあ半分を会長が占めたが終わらせてもらう。以上のようにタワテラとも密接に関わっているのでさっさとtot1899.comを復活しやがれください。このほかに海中展望室建造中のコロンビアの説明があるが、前者は見事なピンボケにより不可、後者は大体「エンディコットの科学力は世界一ィィィィィ!!!!」なので省略する。

次はオーバーを当時のクルーズ事情と絡めながら考えていく…予定である。

というわけで、誕生日おめでとうございます会長!投稿日時をいじくった?10分ぐらいはご勘弁…
他にもアーティストの感想やミスマス妄想想像、リトルニモのまとめもしたいねぇ…
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2012/04/10

SSコロンビア概説2―内装

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左…断面図 右…一般配置図 今回の記事ではこれらを使う。
 
前回コロンビアのバックグラウンドについて触れたが、今回はタートルトーク内の絵や設計図・新聞を取り上げる。キューの半分にはタートルトークの設計図やコロンビアの一般配置図がかけられている。入ることができる区画は一般配置図の緑と黄色の部分だけ…ということは探索しただけではコロンビアを把握できないということだ。しかしこれらがあれば全貌を把握できるのだ!いやまあ船好きにとっては最高の資料である。
というわけでなお隠れミッキーや隠れる気がまったくないグーフィーは省略させていただく。そこらへんはもう取り上げられているしね。もっとも隠れという呼称はもはや適当かは分からないが

・内装

・内装1―船室
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↑上から二等特別室、一等特別室、三等男性共同船室  
 …わざわざ書かなくても一目瞭然だがその差は歴然としている。今からすれば差別とも思えよう。しかし日本の客船設計者として有名な和辻春樹博士の著書「随筆 船」に「三等客はごみを散らかすは一等公室に平然と侵入するはで手に負えない(大意)」と触れているように、その等級に適切な客を区別するのであって決して差別ではなかったりする。
 前回の記事でも触れたように、一等客は実はそんなに儲けが出なかった。運賃はそれなりに高いがその代わりスペースを広く取らなければいけないはサービスは至りつくせり、料理は超高級品と手間が非常にかかる。絵を見てもどんだけ広いんだよ!と突っ込みたくなるレベルだ。それに比べ特に三等は運賃はかなり安い代わり狭いスペースにいくらでも詰め込める上にいがどんな扱いを受けても文句は言わないので会社としてはありがたい存在だった。要するに一等は宣伝みたいなもので例えるなら『北斗星が豪華寝台列車と聞いたので乗ってみたけどB寝台だったので変わらなかった』みたいなもの。でも移民にとっては生涯に一度の船旅だったので超豪華!というフレーズに乗ったのだった。
 それとイレギュラーではあるが、一等客は社交界のために名簿が配られる(プライバシー云々な今じゃ考えられない)が変わり者や社交界を嫌うレベルな人々が使用するた特別二等室が一等室以上に豪華な客船もいたと伝えられる。

・内装2―公室・設備諸々

 公室とは公の客室、つまりラウンジや食堂、プールといった設備のこと。大勢の人が利用するので設計では特に力を入れる区画である。なおプールなどはほぼ一等客のみが利用できた。
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↑上から二等喫煙室、一等サルーン、三等家族共同船室 三等客は男性女性家族連れで区画を分けられていた。

喫煙室とは今のような喫煙者を隔離するためではなく、男性達の談話するクラブみたいなものだ。女人禁制の本場のクラブのように渋い内装でまとめられることが多かった。
サルーンは…あまり自信がないがバーを主体とした公室である。例としてフランスのイルドフランスIle de France 1927は客船位置長いといわれる9mのバーを持っていたり、禁酒法時代にはアメリカ船籍以外の客船は領海外まで一目散に走りそこで一夜を過ごし明け方には帰るいわば「飲兵衛クルーズ」を小遣い稼ぎにしていたりとバーは重要な要素でもある。
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↑(ちらっと)ダイニングルーム、ルーズベルトラウンジ、プール 描かれていないが恐らくはすべて一等公室
 一等ラウンジと一等ダイニングはもっともデザインに力を入れられいわば客船の顔ともいえる公室だ。日本の例ではあるが、重厚な英国クラシック様式の浅間丸とモダンなフランス近代様式の秩父丸は「威厳のあるモーニング姿としゃれた背広姿」と例えられたように印象のすべてが決まるも同然だった。
ラウンジは社交室と和訳されるように社交界の中心的位置でダンスが行われたり、ここにもバーは設置された。横浜に係留される氷川丸にも二人掛けと小さいながら作られているので見て欲しい。
ダイニングもまた主体であった。タイタニックのわずか後に就航したフランスFranceでは後の客船へ受け継がれる劇場効果をもたらす大階段が設置され、史上最高の豪華客船と評されるがたった7年の命だったノルマンディNormandie 1935ではベルサイユ宮殿の鏡の間とほぼ同じ長さで三層ぶちぬきのダイニングが好評を呼んだ。(イギリスの客船も負けなかったが料理ではブリテン振りを発揮した。タイタニックではフランス料理が出されアキタニアAquitania 1914は酷評されたのだ。)
プールは1912年の大型客船には設置はじめられていた。たいていは室内だったが地中海航路唯一のブルーリボンライナーレックスRex 1932 は屋外のサンデッキに設置された。このサンデッキはリド島にちなみリドデッキと呼ばれた。どこぞのリドアイルと語源は同じだ。テニスコートも同様で、室内に設置したのは…正直知らない。煙突の間に設置したものが多い。
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客には直接関わらないが注目したいのはこの電信室だ。船上からの電信は1896年には実用化され有名な殺人鬼グリッペンを無線による通報で逮捕したこともあった。しかし表示は「マルコーニラジオルーム」だ。なぜかというと当時の電信事業は発明者のマルコーニが独占していて、客船の電信員も船会社の従業員ではなくマルコーニ社の社員だったのだ。扱うサービスも航海に関するだけではなく客からの依頼も扱った…というよりむしろそちらが中心で本来の安全に関する業務がおろそかになっていた向きがある。タイタニックの事故の際氷山発見の電報の大半がブリッジにとどかなったのもこれが原因といわれる。

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コロンビアの二本煙突な姉のフーサトニックに関する貴重な言及だ。アバウトで訳すると「フサトニックでは中央にスペースをとるために煙突を分岐させたよ!」確かにWW1前最大の客船のファーターラントVaterland1914や先ほど挙げたノルマンディで実施している。(後者では前者はクラックが多発し成功したとは言えないが)しかし約3万トン級のコロンビアよりさらに小さい客船で行うにはメリットが少ないように感じるのだが...

・おまけPAP_0222.jpg一般配置図より。これらが掲示されているキューは"SS Columbia Museum" 早口な解説が行われる箇所は"Endicot Lecture Hall"と分かる。
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"Cruse Director's Office"文字通り航海に関する士官の部屋なのかそれともドリームクルーズの…?

目立つ絵だけではなく一般配置図や設計図も興味深いのでぜひ見て欲しい。
大雑把な解説だったが、次回は新聞に移る。要するにこの人の出番である。
会長
おまちかね会長だよ!某かがみんじゃないよ!唯一の満面の笑み! …むしろ待ってくれる人はいるのか?
2012/04/01

SSコロンビア概説1―オーシャンライナーとは―

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↑「ニューヨーク港3番ピア」に処女航海…ではなくドリームクルーズ…でもなく世界一周の航海を終えて帰港したコロンビア

 アメリカンウォーターフロントに鎮座するコロンビアはずんぐりむっくりデフォルメされた姿でありながら非常に目立つ存在であり(タワテラが完成した後では脇役に退いた感はあるが)、セイルやオーバーなどのショーにも一役買っている。特にタートルトークのキューラインに飾られている設計図や写真、新聞はタワテラ(主に会長的な意味で)BGSを深めてくれている。しかし非常にもったいないことに背景等についてあまり触れられていないので前回の記事同様自分で書いてみた。リベットなどの細かい艤装はDF誌06年9月号ワンダフル・ヴォヤッジで触れられているのでここでは当時の客船の概要および内装について述べる。でもぶっちゃけたはなしこれよりも本を読んだほうがためになるし面白いと思うよホント。


第一次世界大戦前のオーシャンライナーについて
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↑今昔客船比較 左…ご存知タイタニック Titanic 46,328トン右…現在世界最大の客船 オアシス・オブ・ザシーズ Oasis of the Seas 225,282トン 両方ともウィキペディアより
  
 現在と戦前の客船の違いはクルーズか交通手段か否かというものだ。飛行機が出現する以前船は旧大陸と新大陸を結ぶ唯一の手段であったためアメリカへの移民、ヨーロッパへの観光客、貨物そして郵便物などすべて船が輸送していた。当時の主要な収入源は移民と後に述べる郵便補助であった。ジャガイモ大飢饉に代表される農業の不作により、また人種弾圧により20世紀の最初の10年に880万近い移民が新興国アメリカに流れ込んだ。このステアリッジsteerageは絶好の収入源であり、タイタニックのような豪華な一等は要する呼び込みのためのショーケースでったのだ。第一次世界大戦の後アメリカの移民制限によりターゲットの重心がヨーロッパへの観光客になるがまた別の話である。
 
例えば外見の明らかな違いとして煙突が挙げられる。スピードアップをするためにボイラーを増やすと軍艦みたいに集合煙突にするには無理があるので数多くの煙突が直立することになる。よって煙突の数がスピードを象徴することになり、タイタニックが一番後ろにダミーを立てたのもイメージアップの一環だった。

全体的なデザインの変化には需要の変化がある。約20年ブルーリボンを保持したことで有名な『韋駄天』モリタニアが「機関室の上に客室を載せたような船」と形容されたように20ノット以上出すためには単独では支えられない莫大な維持費がかかる。このため途絶えることは国家の威信が傷つくことに等しい郵便輸送(最盛期の大英帝国が植民地への郵便料金を1ペニーにしたのもこの表れ)船会社に継続させるための郵便補助を前提として設計・運航していたので「はやい・でかい・かっこいい」の三拍子がそろった姿を見せていた。しかし現在のクルーズ船には政府からの補助なんてものは無く自ら黒字にしなくてはならないためスピードは10ノット台のものが多くなり、限られたスペースを最大限に使おうとハウスを積み上げてこの姿になったのがほとんどだ。人呼んで「ティッシュ箱型船」…正にその通りで趣味的に見ればつまらなくなってしまった。

ほとんどがこのティッシュ箱型になってしまった現在でも伝統を持つキュナードとオーシャンライナーをイメージしたディズニークルーズの客船にデザインは引き継がれているが、現在見れる戦前のオーシャンライナーは軍艦同様大変少なく、日本の氷川丸にロングビーチのクイーンメリーぐらいなものだがコロンビアはその意味で身近な資料ともいえる存在だったりする。
 ひとつ注意したいのは北大西洋航路は他の航路に比べていろんな意味で桁違いであることだ。ヨーロッパ・アメリカ間の荷動き・人の行き交いと比べインドや中国、日本への極東航路は格段に少ないため、北大西洋航路みたいなサイズ・スピードは必要ない。現在横浜に係留されている氷川丸は12,000トン級で最大級のエンプレス・オブ・ジャパンですら21,000トン級である。ピラミッド階級で例えるならばピラミッドのそばに建つエッフェル塔みたいなものだ。よって日本語で出版されている=太平洋航路についての書籍が参考になるかどうかはあまり確なではなかったりする…
(以下続く)