2012/10/15

リトルニモについて2~人物まとめ

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Googleロゴが夢の国のリトルニモ連載開始107周年によりデザインしたものになった。
ウィンザー・マッケイの漫画も100年以上前とは思えない素晴らしい出来であるが日米アニメ史的に重要な1989年版も忘れてはならない。
…とかなんとかこじつけて途切れていたリトルニモについての記事を再開する。
今回は人物のまとめ、早い話が羅列である。しかしながら本作のすごさをてっとりばやく実感できるのはこの方法であると信じている。

・藤岡豊
リトルニモ騒動の張本人。
『巨人の星』『ルパン三世』のプロデューサーで東京ムービーの社長。
世界に通用するアニメを目指しテレコムを創設しリトルニモを製作。
プロデューサーとしてクレジット。
なおリトルニモの次回作は竹取物語を題材にし黒澤明に監督を依頼していたがリトルニモ以上にグダグダであったとのこと。

・大塚康生
日本におけるアニメの創生期からのアニメーター。藤岡豊に誘われ本プロジェクトに参画。テレコムアニメーターの初期育成を月岡貞夫から引き継ぎ担当。
ストーリーボードとしてクレジット。
一連の顛末を書いた『リトルニモの野望』は一級の資料。というよりこれしかまとまったものが無い。
彼のイメージボードは『野望』では行方不明とされているがDVD付属のパンフレットに一つ掲載され知恵る。

・マックス・フライシャー
『ガリバー旅行記』や『バッタ君町へ行く』で有名。1975年にフライシャースタジオをアメリカ上陸の足がかりとして選び交渉。
アニメーターの育成のためかただの打診だったのかは不明。

・月岡貞夫
『北風小僧の寒太郎』などで知られる大塚と同じく創世記からのアニメーター。
テレコムのアニメーターの初期養成を担当。
パイロットフィルムを二本製作(1978年、1989年)前者は去年せたがや未来博にて放映されたものでパルコCMとは関係ないらしい。
後者はTV版とされるがまったく詳細不明。

・宮崎駿
ご存知ジブリの重鎮。初監督の『カリオストロの城』はリトルニモの準備のために製作された。
当初からリトルニモを題材にすることに反対し代替案として『風使いのヤラ』や『もののけ姫』などを提案するが却下され退社。
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宮崎駿のイメージボード『野望』より

・高畑勲
同じくジブリの重鎮。『カリオストの城』の次回作として『じゃりん子ちえ』を監督。本作では日本側演出であったが脚本代替案をカーツに拒否され退社。
カーツとの会談内容は公表できない、とのこと。

・近藤喜文
『耳をすませば』監督。1984年版パイロットフィルムを監督した後テレコムを退社。
画集『近藤喜文の仕事』に数多くのコンセプトアートが一章割かれて掲載されているが未確認。
彼のパイロのイメージは本編冒頭に転用されている。近藤・友永版パイロットフィルム
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近藤喜文のイメージボード『野望』より

・山本二三
『もののけ姫』美術監督。本作では美術としてクレジット。DVDには彼のイメージボードが数多く収録されている。

・友永和秀
アニメーター。『カリオストロの城』冒頭のカーチェイスなどで有名。
デザインとしてクレジット。
1984年版パイロットフィルムの作画を担当。
ごく初期に描かれた彼のキャラ設定が最終的に決定稿となる。
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友永和秀のキャラクター設定。『日本漫画映画の全貌』より

・フランク・トーマス、オーリー・ジョンストン Frank Thomas,Ollie Johnston
ナインオールドメンとして有名なディズニーの古株アニメーター。1981年アニドウの講演会のために来日した際藤岡が交渉し顧問を務める。 
1982年夏に大塚、高畑、宮崎、篠原征子、近藤喜文、友永和秀、富沢信雄、丹内司丸、山晃一、田中敦子、竹内考次計11名を対象にアメリカのアニメーションを理解するための研修会を開く。
ディズニーのアニメーターたちが数多く参加したのは彼らによるものか?『もう10歳若ければ得意のシーンを担当した』とまで言うほどまでに最後まで尽力した。

・ジョージ・ルーカス George Lucas
『スターウォーズ』監督。初期にTMS・ルーカスフィルム連名の企画書が出回っていたことから最初は携わったと思われるが多忙のため下記のカーツを推薦し降りる。

・ゲイリー・カーツ Gary Kurtz
本作のアメリカ側プロデューサー。彼の指揮方法はウォルトを模したものであったが『ダーク・クリスタル』の片手間にしかリトルニモに関わってないことのも相まって反発を買う。
初期の製作が遅れた一端を担ったものと思われる。
彼が1983年に降りた際当初のアメリカ側スタッフも全員降りた。

・レイ・ブラッドベリ Ray Bradbury
「華氏451度」などで知られるSF作家。初期の脚本を担当しストーリー構成としてクレジット。彼の特徴がはっきりしているともカーツの影響が見られるともいわれる。スプリクトがSubterranean Pressから今秋出版されるとのこと。

・アンディ・ガスキル Andy Gaskill  
AtoZによれば1973年にディズニーに入社。リトルマーメイドの美術、トレジャープラネット、アラジンの美術監督。『カリブの海賊のイメージプランナー』とも言われるが詳細は不明。
本作では初期アメリカ側演出であった。カーツが降りる直前近藤とともに絵コンテを描くが彼に反発し降りる。

・ロジャー・アレーズRoger Allers
『ライオンキング』『マッチ売りの少女』の監督。当初の演出候補。 


・ジョン・ラセター、ブラッド・バード
ピクサーの創設者たち。ディズニーで行われた『カリオストロ』の上映会で当時新人であった彼らが衝撃を受ける。
製作のためアメリカに滞在していた宮崎と知り合い『千と千尋の神隠し』の全米公開や『トイストーリー3』へのトトロ出演などで知られる交流につながる。

中断以降

・フランク・ニッセンFrank Nissen
カナダ出身のアニメーター。後にディズニーに入社『くまのプーさん はじめまして、ランピー! 』などを監督。

・メビウス Jean Moebius Giraud
フランスの漫画家。世界中に影響を与え日本でも宮崎駿や大友克洋、鳥山明なども同様。「コンセプチュアルデザインConceptual Desgin」、ストーリー構成としてクレジット。
本作のために描かれたコンセプトアートのなかで彼のものはネット上でもっとも見られるものである。
宮崎とはお互いのファンであったがすれ違いで一緒には仕事をしていない。
・アラン・アルドリッジ Alan Aldridge
オルドリッジとも表記。イギリスのイラストレーター。サイケな画風でありビートルズのジャケットデザインなどで有名。

以上三名はコンセプト担当だが知名度優先で指名されたとされる。

・出崎統
アニメ監督。代表作は『エースをねらえ!』『あしたのジョー』など。1987年版パイロットフィルム監督を担当。
藤岡は当初宮崎、高畑、出崎の三人体制を組もうとしたとされる。http://www.nicovideo.jp/watch/sm9471498

・クリス・コロンバスChris Columbus
ハリー・ポッターシリーズの監督。脚本としてクレジット。

・ウィリアムTハーツWilliam T "Bill" Hurtz
フランクやオーリーと同年代のアニメーター。『白雪姫』の「重要なパート」を担当した後UPAに移る。
フランク・オーリーの推薦で最終的なアメリカ側監督となる。

・波多正美
サンリオの監督。『シリウスの伝説』『妖精フローレンス』などを監督し日米合作の経験を買われ最終的な日本側監督となる。

・ケン・アンダーソン Ken Anderson
ディズニーのアニメーター、イマジニア。本家ディズニーランドに携わったことで知られる。「ストーリースケッチ」としてクレジットされるがどの程度関わったかは不明。

・グレン・キーン
ディズニーのアニメーター。 
『日本漫画映画の全貌』にメビウスや近藤喜文、宮崎駿のストーリーボードと並んで彼のスケッチが掲載されているがその意図は不明。
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グレン・キーンのキャラスケッチ『全貌』より

・シャーマン兄弟 The Sherman Brothers
『メリーポピンズ』や『スモールワールド』の作曲で有名。
主題歌の作曲を担当。DVD付属のメイキングに弟が出演。あまり本編自体にはかかわりが無い。


…と日米英仏と各国にわたりアニメ関係者のみならず作家や漫画家、イラストレーターと多岐にわたるなんともすさまじい陣容であるのがお分かりいただけたであろうか。
ディズニーのスタッフが大勢関わっておりwikipediaに実質ディズニー作品呼ばわりされるのもわかる気はする。
もしも当初のもくろみ通り完成していたらまた別の意味でアニメ史を変えたのではないかと思いたくもなる。
次は時系列をまとめる、つもりである。
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