2014/05/28

日本郵船歴史博物館東洋汽船展ともろもろ

郵船博物館で開催されている東洋汽船展の感想をちっとも見かけないので書いてみる。
他はまあなんだ、前置きと言うことでご容赦願いたい。 

1,日本丸とみなと博物館
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いつも氷川丸と郵船博物館をセットで巡っておしまいだったので今回は未訪問だった両者に赴く。
実物のお船には久々にお目にかかりました。ほらここずっと保存(ではない)船舶(でもない)に付きっ切りだったわけでありまして。帆船のことは全くと言っていいほどわからないが、いい! 
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次は総帆展帆する光景を見てみたくなる。
お隣のみなと博物館ではし企画展の図録目当てに真っ先にミュージアムに突撃。
第一目標だった『魅惑の日本の客船ポスター展』は好評で売り切れとのこと。残念!海外から研究者が来るほどだったので売り切れも当たり前か…しかしマリタイムミュージアム時代の『日本の客船ポスター: 近代日本海運小史』があったので購入。解説は少ないがラインナップが多少違うため楽しめます。
国会図書館で読み歯軋りした『豪華客船インテリア画展』も入手。秩父丸氷川丸日枝丸のカラースキームの展示だが『豪華客船インテリア画集』にも掲載されていない没案が多数あるので前述書を持っていても一読をすすめる。
セイリングデイブッフェが良くできているので本物の埠頭の中を調べようと資料の有無を聞いたら『こっちが欲しいぐらいだ』とのこと。イマジニアは何を持って作り上げたと言うのだ?

2,赤レンガ倉庫周辺
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直で博物館に行くのも何なので臨港線跡である汽車道を散策。
横浜駅から赤レンガ倉庫まで路面電車なり本牧のC56を走らせたら面白いだろうなあ。
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中は縁の遠い世界なので外観を見るにとどめる。

3, 日本郵船歴史博物館 『東洋汽船そのあしどり』
で、ようやく本題の東洋汽船展に入るわけです。ここまでにぎわう館内は初めて。
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・日本丸型のポスター案
どうやら広告として出回らなかった模様。そりゃ扇形のポスターなんてどうやって刷るのやら……一つ注目してほしいのは右上に描かれている三人の女性と”Three Sister Ships” 最近艦これで知名度が上がったNYK三姉妹の先駆けとも言えよう。これを見てもまだ「男性名の丸がついているから商船は史実で男扱いされていた!」なんて言えるのかな、いいだしっぺとまとめブログ主の諸君!(いわゆる『俺設定』と前置きするのなら何も悪いことじゃないけど流石に史実と言い張るのはなあ)
・日本丸の乗組員給与
外国人船長の名前が英語で書かれており明治から昭和30年代までずっと横文字で統一されていたB6の機関車簿を思い出しかけたが、他の欄を見るとカタカナで書かれていてあれ?
・東洋汽船との合併に反対する意見書
郵船側も一枚岩ではなかったことは知っていたが「大阪商船との合併はありえず」が印象に残る。そこまで嫌だったのか。

全体的に書類が中心の展示で、浅間丸や新田丸などの調度品があった洋上のインテリア展と比べ確かに地味であり道理でネットで感想を見かけないわけだと納得する。でも自分にとっては天国でございました。
ちなみに氷川丸に以前展示されていた椅子は無い。Twitterで散々な扱いを受けていたことを聞いたので以前博物館に問い合わせてみたら「保管庫にしまっている」とのことだったが、無事ならば展示しないはずが無いわけだしムムム……
図録はインテリア展と同じく販売されているのでしばらくは売り切れの心配はいらないかと。インテリア展もまだ残っているわけだし。

4,野間恒氏講演「東洋汽船から日本郵船へ ~1926年の太平洋と1934年の大西洋~」
14時から本日の目的だった野間恒氏の講演を聴く。とりあえず興味深い内容を箇条書き。

・サンスランシスコ航路に乗り出す際東海岸と結ぶ鉄道会社が主導権を握っていたのでサザンパシフィック鉄道のハンチントンにしぶとく直談判したら「一つ浅野を育ててみよう」と提携を認められる。
・天洋丸の見積もりはイギリスの造船所が格段に安く納期も半分で済んだが、日本の造船業のため三菱に発注した。
・原油関税が国内業者の働きかけにより倍になるなどの状況で「痛々しいほどの無理をして」運航していた。
・WW1の賠償船として回航されたカップ・フィニステレを浅野が三日間通い詰めで検分して、機関室に降りて話しを聞き燃費の悪さをさいべりあ丸これあ丸と比較して納得がいかないと指摘するなど郵船の重役が現物を見もせず断ったのと対照的であった。
・自分の財産をすべて提供するから新造船を作りたいと大蔵大臣である井上準之助に直訴したが、「航路は国家のもので俺は借りているだけだ」「カップ・フィニステレを大洋丸に仕立て上げたのはせめてもの慰めだ」として合併に同意した。
・サンフランシスコ航路はシアトル航路と違い競争が激しい上天洋丸の代船が必要なので合併は火中の栗を拾うような物だから反対意見も根強かった。だがもしも大阪商船が引き取ると『郵商』が『商郵』に逆転してしまうため何としても避けたいとナショナルフラッグキャリアとしての意地が働いたのではないかとのこと。
・昭和12年にアメリカはすべての日本船を空撮していたがこれは後に潜水艦が識別するためだった。
・この合併をキュナードとホワイトスターのそれと重ねることができる(浅間丸の建造はクイーンメリーと)とし、フォアマストにそれぞれの社旗を二つとも掲げていたが所属元の旗を上にしていたとの逸話を紹介。
・前置きで「もしも病院船に氷川丸ではなく浅間丸が指定されて現在も残っていたらどうなっていたのだろうか」と語っていたのが印象に残る。

天洋丸は確かに赤字も赤字大赤字で無鉄砲にもほどがある客船だったけれど、重油やタービンの採用など先見の明はもっと評価されるべきではないだろうか。別に浅間丸を批判するわけではないけれども、もう少し30年代の客船並みに注目されていいと思うんだけどなあ。現在でもキュナード船ではホワイトスターサービスと謳っているのだから郵船も例えば飛鳥Ⅱのレストランの一つを『天地春黄』にしてみるとか(例えですよ例え)
それと『豪華客船の文化史』にサインをもらいました。ろくにお話できなかったのが心残り……客船を好きになるきっかけだったので緊張してしまったのだ。図書館の鉄道棚の近くにこの本がなければ知ることもなかったのだから。

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↑左端が東郷船長
展示を見ていたら天洋丸の初代船長東郷正作氏のお孫さんに写真などのコピーを頂きました。東郷船長は給料の高い外国人船長に代わって信頼を得るためアドミラル・トーゴーのネームバリューで選ばれたとのことだが、大洋丸初の航海でも指名されているので相当信頼されていたようだ。もう少しお聞きすればよかった……

5,大桟橋
講演の後はいつもお世話になっているぐんそうさんと合流して大桟橋へ。
横浜にはいつも平日に行っていたので大桟橋で客船を見るのが初めて。
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・ダイヤモンド・プリンセス
さすが10万トン級、間近で見ると迫力がある。
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しかしこう切り取ってみるとマンションにしか見えないのは率直な感想。最近のクルーズ船はもうちょっと見た目にこだわってもいいんでないの?
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大体船尾だって氷川丸と比べてお分かりの通りストンと切り落とされているようで物足りない。ディズニークルーズ船の見事なクルーザースターンを見習って欲しいものである。お船はお尻のボリュームが大事なのだ!(錯乱)
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・にっぽん丸
そうこううちににっぽん丸が入港。全く知らなかったので驚く。
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氷川丸と並んでも
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パノラマ写真。一生役に立たないと思っていた機能が役立った!

・かめりあ丸
続いてプリンセスと入れ違いにかめりあ丸が入港。
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引退直前の姿を見られてよかった。それにしても一時間で三隻にお目にかかったことになる。
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博物館に講演、お船と充実した一日でした。やっぱり本物っていいね!
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