2012/04/01

SSコロンビア概説1―オーシャンライナーとは―

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↑「ニューヨーク港3番ピア」に処女航海…ではなくドリームクルーズ…でもなく世界一周の航海を終えて帰港したコロンビア

 アメリカンウォーターフロントに鎮座するコロンビアはずんぐりむっくりデフォルメされた姿でありながら非常に目立つ存在であり(タワテラが完成した後では脇役に退いた感はあるが)、セイルやオーバーなどのショーにも一役買っている。特にタートルトークのキューラインに飾られている設計図や写真、新聞はタワテラ(主に会長的な意味で)BGSを深めてくれている。しかし非常にもったいないことに背景等についてあまり触れられていないので前回の記事同様自分で書いてみた。リベットなどの細かい艤装はDF誌06年9月号ワンダフル・ヴォヤッジで触れられているのでここでは当時の客船の概要および内装について述べる。でもぶっちゃけたはなしこれよりも本を読んだほうがためになるし面白いと思うよホント。


第一次世界大戦前のオーシャンライナーについて
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↑今昔客船比較 左…ご存知タイタニック Titanic 46,328トン右…現在世界最大の客船 オアシス・オブ・ザシーズ Oasis of the Seas 225,282トン 両方ともウィキペディアより
  
 現在と戦前の客船の違いはクルーズか交通手段か否かというものだ。飛行機が出現する以前船は旧大陸と新大陸を結ぶ唯一の手段であったためアメリカへの移民、ヨーロッパへの観光客、貨物そして郵便物などすべて船が輸送していた。当時の主要な収入源は移民と後に述べる郵便補助であった。ジャガイモ大飢饉に代表される農業の不作により、また人種弾圧により20世紀の最初の10年に880万近い移民が新興国アメリカに流れ込んだ。このステアリッジsteerageは絶好の収入源であり、タイタニックのような豪華な一等は要する呼び込みのためのショーケースでったのだ。第一次世界大戦の後アメリカの移民制限によりターゲットの重心がヨーロッパへの観光客になるがまた別の話である。
 
例えば外見の明らかな違いとして煙突が挙げられる。スピードアップをするためにボイラーを増やすと軍艦みたいに集合煙突にするには無理があるので数多くの煙突が直立することになる。よって煙突の数がスピードを象徴することになり、タイタニックが一番後ろにダミーを立てたのもイメージアップの一環だった。

全体的なデザインの変化には需要の変化がある。約20年ブルーリボンを保持したことで有名な『韋駄天』モリタニアが「機関室の上に客室を載せたような船」と形容されたように20ノット以上出すためには単独では支えられない莫大な維持費がかかる。このため途絶えることは国家の威信が傷つくことに等しい郵便輸送(最盛期の大英帝国が植民地への郵便料金を1ペニーにしたのもこの表れ)船会社に継続させるための郵便補助を前提として設計・運航していたので「はやい・でかい・かっこいい」の三拍子がそろった姿を見せていた。しかし現在のクルーズ船には政府からの補助なんてものは無く自ら黒字にしなくてはならないためスピードは10ノット台のものが多くなり、限られたスペースを最大限に使おうとハウスを積み上げてこの姿になったのがほとんどだ。人呼んで「ティッシュ箱型船」…正にその通りで趣味的に見ればつまらなくなってしまった。

ほとんどがこのティッシュ箱型になってしまった現在でも伝統を持つキュナードとオーシャンライナーをイメージしたディズニークルーズの客船にデザインは引き継がれているが、現在見れる戦前のオーシャンライナーは軍艦同様大変少なく、日本の氷川丸にロングビーチのクイーンメリーぐらいなものだがコロンビアはその意味で身近な資料ともいえる存在だったりする。
 ひとつ注意したいのは北大西洋航路は他の航路に比べていろんな意味で桁違いであることだ。ヨーロッパ・アメリカ間の荷動き・人の行き交いと比べインドや中国、日本への極東航路は格段に少ないため、北大西洋航路みたいなサイズ・スピードは必要ない。現在横浜に係留されている氷川丸は12,000トン級で最大級のエンプレス・オブ・ジャパンですら21,000トン級である。ピラミッド階級で例えるならばピラミッドのそばに建つエッフェル塔みたいなものだ。よって日本語で出版されている=太平洋航路についての書籍が参考になるかどうかはあまり確なではなかったりする…
(以下続く)

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