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2012/04/10

SSコロンビア概説2―内装

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左…断面図 右…一般配置図 今回の記事ではこれらを使う。
 
前回コロンビアのバックグラウンドについて触れたが、今回はタートルトーク内の絵や設計図・新聞を取り上げる。キューの半分にはタートルトークの設計図やコロンビアの一般配置図がかけられている。入ることができる区画は一般配置図の緑と黄色の部分だけ…ということは探索しただけではコロンビアを把握できないということだ。しかしこれらがあれば全貌を把握できるのだ!いやまあ船好きにとっては最高の資料である。
というわけでなお隠れミッキーや隠れる気がまったくないグーフィーは省略させていただく。そこらへんはもう取り上げられているしね。もっとも隠れという呼称はもはや適当かは分からないが

・内装

・内装1―船室
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↑上から二等特別室、一等特別室、三等男性共同船室  
 …わざわざ書かなくても一目瞭然だがその差は歴然としている。今からすれば差別とも思えよう。しかし日本の客船設計者として有名な和辻春樹博士の著書「随筆 船」に「三等客はごみを散らかすは一等公室に平然と侵入するはで手に負えない(大意)」と触れているように、その等級に適切な客を区別するのであって決して差別ではなかったりする。
 前回の記事でも触れたように、一等客は実はそんなに儲けが出なかった。運賃はそれなりに高いがその代わりスペースを広く取らなければいけないはサービスは至りつくせり、料理は超高級品と手間が非常にかかる。絵を見てもどんだけ広いんだよ!と突っ込みたくなるレベルだ。それに比べ特に三等は運賃はかなり安い代わり狭いスペースにいくらでも詰め込める上にいがどんな扱いを受けても文句は言わないので会社としてはありがたい存在だった。要するに一等は宣伝みたいなもので例えるなら『北斗星が豪華寝台列車と聞いたので乗ってみたけどB寝台だったので変わらなかった』みたいなもの。でも移民にとっては生涯に一度の船旅だったので超豪華!というフレーズに乗ったのだった。
 それとイレギュラーではあるが、一等客は社交界のために名簿が配られる(プライバシー云々な今じゃ考えられない)が変わり者や社交界を嫌うレベルな人々が使用するた特別二等室が一等室以上に豪華な客船もいたと伝えられる。

・内装2―公室・設備諸々

 公室とは公の客室、つまりラウンジや食堂、プールといった設備のこと。大勢の人が利用するので設計では特に力を入れる区画である。なおプールなどはほぼ一等客のみが利用できた。
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↑上から二等喫煙室、一等サルーン、三等家族共同船室 三等客は男性女性家族連れで区画を分けられていた。

喫煙室とは今のような喫煙者を隔離するためではなく、男性達の談話するクラブみたいなものだ。女人禁制の本場のクラブのように渋い内装でまとめられることが多かった。
サルーンは…あまり自信がないがバーを主体とした公室である。例としてフランスのイルドフランスIle de France 1927は客船位置長いといわれる9mのバーを持っていたり、禁酒法時代にはアメリカ船籍以外の客船は領海外まで一目散に走りそこで一夜を過ごし明け方には帰るいわば「飲兵衛クルーズ」を小遣い稼ぎにしていたりとバーは重要な要素でもある。
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↑(ちらっと)ダイニングルーム、ルーズベルトラウンジ、プール 描かれていないが恐らくはすべて一等公室
 一等ラウンジと一等ダイニングはもっともデザインに力を入れられいわば客船の顔ともいえる公室だ。日本の例ではあるが、重厚な英国クラシック様式の浅間丸とモダンなフランス近代様式の秩父丸は「威厳のあるモーニング姿としゃれた背広姿」と例えられたように印象のすべてが決まるも同然だった。
ラウンジは社交室と和訳されるように社交界の中心的位置でダンスが行われたり、ここにもバーは設置された。横浜に係留される氷川丸にも二人掛けと小さいながら作られているので見て欲しい。
ダイニングもまた主体であった。タイタニックのわずか後に就航したフランスFranceでは後の客船へ受け継がれる劇場効果をもたらす大階段が設置され、史上最高の豪華客船と評されるがたった7年の命だったノルマンディNormandie 1935ではベルサイユ宮殿の鏡の間とほぼ同じ長さで三層ぶちぬきのダイニングが好評を呼んだ。(イギリスの客船も負けなかったが料理ではブリテン振りを発揮した。タイタニックではフランス料理が出されアキタニアAquitania 1914は酷評されたのだ。)
プールは1912年の大型客船には設置はじめられていた。たいていは室内だったが地中海航路唯一のブルーリボンライナーレックスRex 1932 は屋外のサンデッキに設置された。このサンデッキはリド島にちなみリドデッキと呼ばれた。どこぞのリドアイルと語源は同じだ。テニスコートも同様で、室内に設置したのは…正直知らない。煙突の間に設置したものが多い。
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客には直接関わらないが注目したいのはこの電信室だ。船上からの電信は1896年には実用化され有名な殺人鬼グリッペンを無線による通報で逮捕したこともあった。しかし表示は「マルコーニラジオルーム」だ。なぜかというと当時の電信事業は発明者のマルコーニが独占していて、客船の電信員も船会社の従業員ではなくマルコーニ社の社員だったのだ。扱うサービスも航海に関するだけではなく客からの依頼も扱った…というよりむしろそちらが中心で本来の安全に関する業務がおろそかになっていた向きがある。タイタニックの事故の際氷山発見の電報の大半がブリッジにとどかなったのもこれが原因といわれる。

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コロンビアの二本煙突な姉のフーサトニックに関する貴重な言及だ。アバウトで訳すると「フサトニックでは中央にスペースをとるために煙突を分岐させたよ!」確かにWW1前最大の客船のファーターラントVaterland1914や先ほど挙げたノルマンディで実施している。(後者では前者はクラックが多発し成功したとは言えないが)しかし約3万トン級のコロンビアよりさらに小さい客船で行うにはメリットが少ないように感じるのだが...

・おまけPAP_0222.jpg一般配置図より。これらが掲示されているキューは"SS Columbia Museum" 早口な解説が行われる箇所は"Endicot Lecture Hall"と分かる。
cruise director
"Cruse Director's Office"文字通り航海に関する士官の部屋なのかそれともドリームクルーズの…?

目立つ絵だけではなく一般配置図や設計図も興味深いのでぜひ見て欲しい。
大雑把な解説だったが、次回は新聞に移る。要するにこの人の出番である。
会長
おまちかね会長だよ!某かがみんじゃないよ!唯一の満面の笑み! …むしろ待ってくれる人はいるのか?
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